レッドブル F1特集:トップシークレットの“AT&Tオペレーションルーム”
アストンマーティン・レッドブル・レーシング本拠地の閉ざされたドアの向こう側では一体何が起きているのだろうか?

2020年シーズン初セッションを5分後に控えた金曜日午前 — 英国ミルトン・キーンズにあるアストンマーティン・レッドブル・レーシング本部内のNASAさながらのオペレーションルームは、F1で最も静かな場所なのかもしれない。

マックス・フェルスタッペンとアレックス・アルボンの2人がオーストリア・シュピールベルクでシーズン初の公式セッションFP1に向けてRB16を発進させようとしていたその時、1,500km離れたイングランド南部では少人数で編成されたチームがまず他では見られないカスタムビルトの空間に集まっていた。

アストンマーティン・レッドブル・レーシングの “チームを支えるチーム” がリモート分析業務を今まさに始めようとしている。彼らはサーキットから送られてくるあらゆるデータを集積し、映像をフレーム単位で研究して、現地にいるチームに実用的な情報をリアルタイムで送り返す。
F1は関係者の情熱がコース内外でむき出しになる狂乱のスポーツのため、このオペレーションルームでもかつての証券取引所を彷彿とさせる光景が繰り広げられるのではと思うかもしれない。

しかし、現実のオペレーションルームは全員が静かに集中した “ゾーン状態” だ。セッションのスタートが刻一刻と迫る中で唯一認識できる音は、各メンバーがIRIS製ヘッドセットを装着する音だけだ。

AT&Tオペレーションルームは静寂に包まれているが、F1で最も厳しく制限されているエリアのひとつでもある。チーム本部の埃ひとつない廊下を進み、AT&Tオペレーションルームへ入れば、NASAのコントロールセンターに足を踏み入れるかのような錯覚に陥る。
必要とされる人物のみが入室を許されており、現在はソーシャルディスタンス・ルールが施行されているため、同時に作業できる人数は減らされている。

階段教室状に傾斜した室内に並ぶシートの正面には、床から天井までを覆う大型4Kテレビ(導入された4年前はヨーロッパ最大だった)がある。1回目のフリープラクティス(FP1)の開始が迫ると、このテレビ画面にはレッドブル・レーシングのマシン2台だけではなくライバル勢のオンボード映像も含めた12種類のフィードが映し出される。

オペレーションルーム内の各列は分野別のスペシャリストグループでまとめられており、レースウィークエンド中はパフォーマンスエンジニア、エアロダイナミクス技術者、レースストラテジストたちが大半を占める。

3列目はカーパフォーマンスとエアロダイナミクス担当エンジニアたちが占め、ストラテジー担当エンジニアたちは2列目に陣取る。2列目に座っているレースストラテジストの主な職務はレースウィークエンドに向けたオペレーションルームの連係だ。
ひとりのストラテジストが次のように説明する。

「ヘッドセットを装着すれば、無線を経由の会話以外は聞こえなくなるので、静寂そのものに感じられます。ドライバーが話す時は必要な情報を聞き逃さないように全員が静かに耳を傾けています」

「各部署の大半が専用回線を用意していて、専用回線はさらに細かくグループに分けられます。このような各部署専用回線に加え、より広範囲の回線とオペレーションルーム全体の回線も用意されています。オペレーションルームは4列か5列になる時が多く、各列の回線にはさらに多くのスタッフが加わっています」

オペレーションルーム室内の各メンバーの目の前には、各自にとって最も重要なデータが表示されるスクリーンが2枚用意されている。また、室内にいる他のメンバーとコミュニケーションを取るためのパネルとヘッドセットも用意されている。

各列でアクションが起きるのは、チームメンバー同士が回線を使わずに意見を交わす時だけだ。それ以外の時間は、チームメンバーたちは各自のスクリーンを凝視しながら、スマートウォールを確認したり、回線経由で連絡を取ったりしている。

オペレーションルームの主な業務は、サーキットにいるチームの目と耳になることだ。現地のクルーに大量の映像を精査する時間はない。

オペレーションルームの重要性は明らかだ。オペレーションルームで働くあるレースストラテジストは次のように説明する。

「FP1での私たちの仕事の例をひとつ挙げると、以前、ピットストレートでルノーのマシンから何かのパーツが脱落したのをTVカメラより約20秒前に確認しました」

「私たちのドライバー2人はコースに出ていましたので、そのパーツに注意するようにドライバーに伝えてくれというメッセージをすぐにチームへ送りました。トラブルが起きる前にチームへ知らせるのが我々の理想とする仕事です」

レッドブル・レーシングのAT&Tオペレーションルームはモダンテクノロジーの証明であり、正しいインフラがあれば何ができるのかを示している。

最高の通信スピードと安定性を得るためにミルトン・キーンズとサーキットは光ファイバーで常時接続されている。

英国から遠く離れたオーストラリアでのGP開催時も(2020シーズン開幕戦に予定されていた)、マシンのライブデータは300ミリ秒というまばたき1回分に等しい速さでオペレーションルーム内のスクリーンに届けられる。また、ヨーロッパ開催では、マシンのデータはほぼ
アルタイムで届けられる。ストラテジーチームが迅速な判断を下すためには高速データ通信は不可欠だ。

チーム専用AT&TグローバルVPNネットワークが全サーキットに導入されており、レースウィークエンドの高速で信頼性の高い接続を確保するために、必要に応じて現地の交換局からガレージまでのケーブル敷設作業も行われている。

この設備が現地チームに “プラグアンドプレイ” を提供しており、たとえ数万キロ離れていても、彼らは必要に応じてリアルタイムでファクトリーのアーカイブデータにアクセスしたり、Citrixの仮想ソリューションでオンサイトでの演算処理を実行したりしている。

レースウィークエンドが進むにつれ、オペレーションルームの慌ただしさは薄れていき、決勝レース当日はほぼストラテジーチームだけになる。

「予選が終了してマシンがパルクフェルメ状態になると、我々が変更を加えることはできません。ですので、デザインチームやエアロチームはオペレーションルームからいなくなり、日曜日はストラテジーチームがより広くスペースを使えるようになります」

すべてのF1チームは各本部にオペレーションルームを抱えており、その実態は謎に包まれているが、アストンマーティン・レッドブル・レーシングのAT&Tオペレーションルームがその中でも数少ないカスタムビルトのひとつであることは確かだ。

オペレーションルームは極めて重要な空間だが、ここで働くスタッフは各分野のエキスパートであると同時に熱心なスポーツファンでもあるため、スマートウォールの一角はF1以外のスポーツが映し出されることで知られている。

「2018年ワールドカップの開催中は、フランスGPの最中もイングランドの試合中継に釘付けでした」とあるチームメンバーが語り、さらに続ける。

「週末に働かなければならないからと言って、そのすべてを逃すべきではないですよね」

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カテゴリー: F1 / レッドブル・レーシング / ホンダF1