ホンダF1の歴史:第4期 「マクラーレンとの屈辱の3シーズン」
2013年5月16日、ホンダはF1世界選手権にパワーユニットサプライヤーとしてマクラーレンとのジョイントプロジェクトのもと、2015年から参戦することを発表した。

F1では2014年より、1.6リッターV型6気筒直噴過給エンジンに加え、エネルギー回生システムが採用されるなど、エンジンのダウンサイジング化をはじめとした環境技術が導入された。

これらの技術への挑戦は、内燃機関のさらなる効率化や、ハイブリッドシステムなど、先進のエネルギーマネジメント技術を常に追求してきたホンダにとって、将来技術の開発や技術者の育成などにおいて大きな意義があると捉え、参戦を決意した。

このプロジェクトはホンダがエンジン及びエネルギー回生システムを開発・製造・供給、マクラーレンは車体の開発・製造及びチーム運営を担当し、マクラーレン・ホンダとして活動することになった。ドライバーにはフェルナンド・アロンソとジェンソン・バトンという2人のワールドチャンピオンが起用された。

しかし、2015年はプレシーズンテストでホンダのF1エンジンにトラブルが多発。まともな走行ができないままシーズンを迎え、コンストラクターズ選手権9位というマクラーレン史上最悪のシーズンとなった。ジェンソン・バトンに代えてストフェル・バンドーンを迎えた2016年はコンストラクターズ選手権6位まで準備を挽回したものの、エンジンコンセプトを一新した2016年には再び信頼性問題が多発。

また、2017年4月30日には翌年からザウバーにカスタマーパワーユニットを供給することが発表されたが、7月27日には供給体制を整備する中で双方の目指す方向性に相違が生じ、術提携計画を解消することが発表された。

そして、2017年9月15日にマクラーレンとホンダは、2017年シーズン限りでパートナーシップを終了することを発表した。

過去50年の中で、ホンダのエンジンを積んだマシンは72回の勝利を飾っています。1965年のメキシコGPで初勝利を挙げたあとは、圧倒的な強さを誇るエンジンサプライヤーとして2期にわたり君臨。1980年代の半ばには、ウィリアムズ・ホンダとして3年間で23回の勝利を果たしました。また、1988年から1992年の5年間に、マクラーレン-ホンダとして80戦で44回の勝利を挙げました。

しかし、第4期のこのパートナーシップは、過去に成し遂げた輝かしい黄金時代の再来とすることができなかった。当時ホンダF1プロジェクトの総責任者を務めた長谷川祐介は、この3年間を振り返って、最終戦のファイナルラップに至るまでチームが続けてきた努力を誇らしく思っていると語った。

「確かに厳しい3年でした。ホンダはほかのマニュファクチャラーに比べて、開発を始めるのがかなり遅かったので、大きなディスアドバンテージを抱えてのスタートとなりました。開発面から見れば、我々は非常にいい仕事をしたと言えますが、競争力という点で見れば、我々が遅れをとっていることは明らかでした」と長谷川祐介は語った。

「それでも、我々が成し遂げたことを誇りに思います。我々は前進し続け、決してあきらめずに、開発を続けてきました。この3年間、常にできる限りのスピードで走り続けてきました。しかし、F1はレースでありスポーツです。傍から見れば、我々が結果を残せなかったことは事実ですし、そのことは非常に残念です」

「その事実は受け入れなくてはいけません。ただ、厳しい状況ではありましたが、マクラーレンには本当に感謝しています。特にサーキットのメンバーたちは、マシンとPU(パワーユニット)から最大限のパフォーマンスを引き出そうと努力し続けてくれました。彼らもまた、絶対にあきらめませんでした。エンジンに問題があったときも、メカニックたちは問題を解決し、マシンをサーキットに戻そうと懸命に作業を続けました。彼らはプロフェッショナルで、常にすばらしい姿勢で仕事に臨んでいました」

未来に向けてより大きな進化の余地を残すため、2017年シーズンの始めに新しいパワーユニットを導入した。シーズン前半はトラブルに苦しめられたものの、最終戦までの7戦では、5レースで入賞を果たした。

「これは我々にとって必要なチャレンジでした。昨シーズンは、いくつかのレースでまずまずのパフォーマンスを発揮しましたが、表彰台を争える競争力がないことは明らかでした。だからエンジンのコンセプトを変える必要があったのです」と長谷川祐介は語る。

「正しい方向に向かっていることは確信していましたが、2017年シーズンが始まる前にパッケージを完成させることができなかったのです。それはつまり、残された多くの課題をシーズン中に解決しなければならないことを意味しました。もしも我々がパッケージに修正を加えなければ、長期的に見て、さらなる進化を果たす可能性がないことは明らかでした。この判断について、私は後悔していません」

「もちろんシーズン中、マクラーレンからはさまざまな要望が出されました。これも非常によかったと思います。チームとさまざまな開発を繰り返していく中で、技術的にも人間としても、我々は大きく成長できたからです。そこにも疑いの余地はありません」

厳しい戦いを強いられた3年間を経てマクラーレンとの提携終了が決まり、それに変わってトロ・ロッソへの供給が決まった。この交渉はイタリアGPでまとまりましたが、山本雅史(現ホンダF1マネージングディレクター)はそれをまとめるために奔走したと語る。

「マクラーレン・ホンダのモットーは“ワン・チーム”であり、パフォーマンス向上のためにともに努力してきました。しかし、我々はプレシーズンテストの時点で望んだような結果が出せなかった。これによって、シーズン序盤から想定していたパワーが出せず、マクラーレンの期待にも届きませんでした」と山本雅史は語る。

「もちろん、ホンダはマクラーレンとの関係継続を望んでいましたが、それに足るだけのパフォーマンスや信頼性の目標をクリアできませんでした。これがお互いの関係性に関係を来し、その結果として残念ながら離別を選ぶことにつながりました。F1の世界では結果を出すことが重要なので、本当に悔しいですが、こういったこともやむを得ないと考えています」

ホンダF1は、マクラーレンとのパートナーシップ解消と同時に翌年からトロロッソとのワークスパートナーシップを開始することを発表した。

山本雅史は「マクラーレンと組んでみて分かりましたが、企業の規模が大きいと、とてもシステマチックになります。もちろん、それが大きな強みであることは間違いないのですが、同時に変化に適応していくことは難しくなります」と語った。

「その点、トロ・ロッソはまだ成長途上にある企業です。同じゴールを目指して一緒に歩んでいける関係であることが重要です。いいコミュニケーションをとりながら仕事ができることを、本当に楽しみにしています。マクラーレンとトロ・ロッソの二つのチームを比べてみると、マクラーレンは洗練されたフランス料理のような完成されたイメージであるのに対し、トロ・ロッソはおいしい田舎料理のようなイメージです。家庭料理のシチューのように、いくつか手を加えることでさらにおいしく出来ますし、そうできればと考えています」

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カテゴリー: F1 / ホンダF1 / マクラーレン