F1特集:F1マシンと動物の意外な関係性
シャークフィンからアリクイノーズまで、F1のマシンデザインに息づく自然界からの影響を探ってみよう。
マックス・フェルスタッペンによると、フェラーリの2017年F1マシン『SF70H』がどことなく魚のように見えると語った。それは、フェラーリのデザインコンサルタント、ロリー・バーンの影響によるものらしい。
ベネトンとフェラーリ時代を通じてミハエル・シューマッハに7度のチャンピオンをもたらした全F1マシンを設計したことでも知られるバーンは、マシンデザイナーであると同時に、熱心なスキューバダイビング愛好家でもある。よって、バーンが手がけるデザインには流線型の海洋生物からインスパイアされたものがいくつか存在する。マックスが幼少期からF1シーンに関わり、彼の父ヨスがシューマッハ / バーン時代のベネトンに在籍していた経緯を踏まえれば、前述のマックスの見解は的外れではないようだ。
自然界は空力的・流体力学的に優れた形状を生み出すことに長けており、空力設計者たちはアイディアを積極的に取り入れている。数十年前、メルセデス・ベンツの市販車開発部門は生体工学を取り入れた。リバースエンジニアリング的アプローチで生物の理論やシステムを解析。市販車の設計に反映させようというこの試みは、珊瑚礁に生息するハコフグの研究を経てバイオニック・コンセプトカーとして結実した。
最近のハコフグ研究の結果から考えると、当時のメルセデスの試みは見当違いだったのかもしれないが、基本的な方向性は間違っていない。自然界はデザインのアイディアの宝庫であり、模倣しても知的財産権の侵害で訴えられることはない。
フェラーリ 156:シャークノーズ
1961年シーズンにデビューしたフェラーリ 156は、実戦投入初年度でフィル・ヒルを王座へ導いた名車だ。156の初期バージョンのノーズには角度がつけられた2つのエアインテーク(空気取り入れ口)があり、その鋭いルックスはサメを思わせるものだった。
レッドブル RB4:シャークフィン
流体力学的に優れた形状を持つ巨大な海の捕食者サメはF1テクノロジーに携わるデザイナーたちに好まれる傾向がある。サメの背びれは水中姿勢を安定させる役割を担っているため、彼らはこれを拡大解釈してF1マシンの安定性向上に応用しているのだ。
2009~2016年シーズンのレギュレーションでは、リアウイングは高い位置にマウントされ、比較的乱れの少ない空気が当たっていた。しかし、2017年シーズンからはリアウイングの位置が下げられ、乱流の多い位置にマウントされるようになったため、空力面では理想的とは言えなくなってしまった。シャークフィンはエンジンカウルからリアウイングへ流れる空気をより滑らかに整え、低いリアウイングを効率よく機能させるためのデザインコンセプトだ。これを「アイロン台」と揶揄する声もあるようだが、「シャークフィン」という呼び名の方が断然クールだ。
ウィリアムズ FW26:セイウチノーズ
確たる根拠がないにも関わらず、F1に携わる多くの人は「美しいマシンは速い」という格言を信じている。そして、ウィリアムズ FW26のようなマシンはこの格言の正当性を逆説的に証明してしまった。というのも、この見た目にも荒々しいセイウチの牙のようなノーズを備えた2004年シーズン用マシンは名門ウィリアムズ没落のきっかけになったからだ。
ツインキール構造を新たに導入したモノコックの性能を最大限まで引き出すべく、ノーズ下面への空気流増加を狙ってデザインされたFW26は、太くて短いノーズコーンから2本の長い牙のようなステーを延ばしてフロントウイングを吊り下げていた。しかし、このデザインではマシン挙動が予測しづらく、ウィリアムズは年シーズン後半に常識的なノーズデザインに戻した。そして、ノーマルノーズに戻ったマシンを駆ったファン・パブロ・モントーヤは、この年シーズンの最終戦ブラジルGPを優勝した。
2014年シーズン:アリクイノーズ
フロントノーズはレーシングマシンの中で最も動物に喩えられやすいパーツで、実際、そのような比喩をされたノーズデザインは数多く存在する。その中でも最も有名なのが、2014年シーズンの新レギュレーション下に登場したF1マシンのノーズデザインだ。多くのチームがレギュレーション解釈に苦悩した結果、F1史上最も奇妙で醜いノーズデザインがいくつか生まれてしまったのだ。
ホイールに乗り上げるクラッシュやTボーン・クラッシュのリスクを減少させ、より安全性の高いレースの実現を目指していたF1は、2014年シーズンからローノーズ・デザインを義務付けた。しかし、ローノーズではモノコック下面に導ける空気流が制限されてしまい、フロアが発生するダウンフォースの大部分が失われてしまう。そこで各チームはレギュレーションで定められたノーズ断面積を最小限にするためのソリューションに苦心した。この結果、ノーズ先端部に奇妙な突起が組み込まれることになり、そのフォルムを表現するあらゆる軽蔑的な名称が生みだされた。「アリクイ(アントイーター)ノーズ」はその中で比較的まともな呼び名だ。
スーパーアグリ SA07:チキン
2000年代中盤のF1マシンは恐ろしいほど複雑な空力デバイスの宝庫で、スクープやフリップ、チムニーなど多種多様な空力パーツで表面が埋め尽くされていた。サイドポッド前方に配置されるスプリッターにも様々な形状や大きさが存在したが、なかでもスーパーアグリのマシンが備えていたスプリッターは若鶏のトサカのようにも見えた(かなり頑張って見る必要があるが)。スーパーアグリが2007年シーズンのスペインGPにエアロアップデートを持ち込んだ際に発行したプレスリリースは、その新型パーツを「新しいチキン」と表記しており、一部にちょっとした困惑をもたらした。
ホンダ RA108:ダンボウイング
スーパーアグリがチキンを導入した時代、親チームのホンダも2007年シーズンにノーズ上にマウントされたウイングレットをテストし、2008年シーズンに実戦投入したが、形状がディズニー映画『ダンボ』に登場した象の耳を思わせたことから、「ダンボウイング」と呼ばれた。ノーズ上面に配置されたこのウイングレットは、当時他チームが導入していたフロントウイング周辺の付属デバイスに対する代替ソリューションだった。その後、2009年シーズンにボディ上面の付加空力パーツを禁止するレギュレーションが導入されたが、ホンダはすでにF1から撤退していた。現在、各チームはフロントウイングのマルチエレメント化の道を歩んでおり、ウイングのルックスはまるで最新の髭剃りを思わせる形状になっている。
モンキーシート
自然界からインスパイアされたデザインではないが、2017年シーズンのF1マシンが備えたモンキーシートとは、リアウイングとリア・クラッシャブルストラクチャーの間に配置された小型のサブウイングを指す。F1マシンに小猿を座らせるにはかなりのイマジネーションと訓練が必要になるはずだが、このウイングは小猿が座る場所としては確かに最適だ。
現代のF1マシンではあらゆるサブウイングが試行錯誤されているため、モンキーシートを誰が発明したのか特定するのは難しい。ともあれ、モンキーシートはダウンフォース発生と排気流の有効活用を兼ねたデバイスとして定着した。
カテゴリー: F1 / F1マシン
マックス・フェルスタッペンによると、フェラーリの2017年F1マシン『SF70H』がどことなく魚のように見えると語った。それは、フェラーリのデザインコンサルタント、ロリー・バーンの影響によるものらしい。
ベネトンとフェラーリ時代を通じてミハエル・シューマッハに7度のチャンピオンをもたらした全F1マシンを設計したことでも知られるバーンは、マシンデザイナーであると同時に、熱心なスキューバダイビング愛好家でもある。よって、バーンが手がけるデザインには流線型の海洋生物からインスパイアされたものがいくつか存在する。マックスが幼少期からF1シーンに関わり、彼の父ヨスがシューマッハ / バーン時代のベネトンに在籍していた経緯を踏まえれば、前述のマックスの見解は的外れではないようだ。
自然界は空力的・流体力学的に優れた形状を生み出すことに長けており、空力設計者たちはアイディアを積極的に取り入れている。数十年前、メルセデス・ベンツの市販車開発部門は生体工学を取り入れた。リバースエンジニアリング的アプローチで生物の理論やシステムを解析。市販車の設計に反映させようというこの試みは、珊瑚礁に生息するハコフグの研究を経てバイオニック・コンセプトカーとして結実した。
最近のハコフグ研究の結果から考えると、当時のメルセデスの試みは見当違いだったのかもしれないが、基本的な方向性は間違っていない。自然界はデザインのアイディアの宝庫であり、模倣しても知的財産権の侵害で訴えられることはない。
フェラーリ 156:シャークノーズ
1961年シーズンにデビューしたフェラーリ 156は、実戦投入初年度でフィル・ヒルを王座へ導いた名車だ。156の初期バージョンのノーズには角度がつけられた2つのエアインテーク(空気取り入れ口)があり、その鋭いルックスはサメを思わせるものだった。
レッドブル RB4:シャークフィン
流体力学的に優れた形状を持つ巨大な海の捕食者サメはF1テクノロジーに携わるデザイナーたちに好まれる傾向がある。サメの背びれは水中姿勢を安定させる役割を担っているため、彼らはこれを拡大解釈してF1マシンの安定性向上に応用しているのだ。
2009~2016年シーズンのレギュレーションでは、リアウイングは高い位置にマウントされ、比較的乱れの少ない空気が当たっていた。しかし、2017年シーズンからはリアウイングの位置が下げられ、乱流の多い位置にマウントされるようになったため、空力面では理想的とは言えなくなってしまった。シャークフィンはエンジンカウルからリアウイングへ流れる空気をより滑らかに整え、低いリアウイングを効率よく機能させるためのデザインコンセプトだ。これを「アイロン台」と揶揄する声もあるようだが、「シャークフィン」という呼び名の方が断然クールだ。
ウィリアムズ FW26:セイウチノーズ
確たる根拠がないにも関わらず、F1に携わる多くの人は「美しいマシンは速い」という格言を信じている。そして、ウィリアムズ FW26のようなマシンはこの格言の正当性を逆説的に証明してしまった。というのも、この見た目にも荒々しいセイウチの牙のようなノーズを備えた2004年シーズン用マシンは名門ウィリアムズ没落のきっかけになったからだ。
ツインキール構造を新たに導入したモノコックの性能を最大限まで引き出すべく、ノーズ下面への空気流増加を狙ってデザインされたFW26は、太くて短いノーズコーンから2本の長い牙のようなステーを延ばしてフロントウイングを吊り下げていた。しかし、このデザインではマシン挙動が予測しづらく、ウィリアムズは年シーズン後半に常識的なノーズデザインに戻した。そして、ノーマルノーズに戻ったマシンを駆ったファン・パブロ・モントーヤは、この年シーズンの最終戦ブラジルGPを優勝した。
2014年シーズン:アリクイノーズ
フロントノーズはレーシングマシンの中で最も動物に喩えられやすいパーツで、実際、そのような比喩をされたノーズデザインは数多く存在する。その中でも最も有名なのが、2014年シーズンの新レギュレーション下に登場したF1マシンのノーズデザインだ。多くのチームがレギュレーション解釈に苦悩した結果、F1史上最も奇妙で醜いノーズデザインがいくつか生まれてしまったのだ。
ホイールに乗り上げるクラッシュやTボーン・クラッシュのリスクを減少させ、より安全性の高いレースの実現を目指していたF1は、2014年シーズンからローノーズ・デザインを義務付けた。しかし、ローノーズではモノコック下面に導ける空気流が制限されてしまい、フロアが発生するダウンフォースの大部分が失われてしまう。そこで各チームはレギュレーションで定められたノーズ断面積を最小限にするためのソリューションに苦心した。この結果、ノーズ先端部に奇妙な突起が組み込まれることになり、そのフォルムを表現するあらゆる軽蔑的な名称が生みだされた。「アリクイ(アントイーター)ノーズ」はその中で比較的まともな呼び名だ。
スーパーアグリ SA07:チキン
2000年代中盤のF1マシンは恐ろしいほど複雑な空力デバイスの宝庫で、スクープやフリップ、チムニーなど多種多様な空力パーツで表面が埋め尽くされていた。サイドポッド前方に配置されるスプリッターにも様々な形状や大きさが存在したが、なかでもスーパーアグリのマシンが備えていたスプリッターは若鶏のトサカのようにも見えた(かなり頑張って見る必要があるが)。スーパーアグリが2007年シーズンのスペインGPにエアロアップデートを持ち込んだ際に発行したプレスリリースは、その新型パーツを「新しいチキン」と表記しており、一部にちょっとした困惑をもたらした。
ホンダ RA108:ダンボウイング
スーパーアグリがチキンを導入した時代、親チームのホンダも2007年シーズンにノーズ上にマウントされたウイングレットをテストし、2008年シーズンに実戦投入したが、形状がディズニー映画『ダンボ』に登場した象の耳を思わせたことから、「ダンボウイング」と呼ばれた。ノーズ上面に配置されたこのウイングレットは、当時他チームが導入していたフロントウイング周辺の付属デバイスに対する代替ソリューションだった。その後、2009年シーズンにボディ上面の付加空力パーツを禁止するレギュレーションが導入されたが、ホンダはすでにF1から撤退していた。現在、各チームはフロントウイングのマルチエレメント化の道を歩んでおり、ウイングのルックスはまるで最新の髭剃りを思わせる形状になっている。
モンキーシート
自然界からインスパイアされたデザインではないが、2017年シーズンのF1マシンが備えたモンキーシートとは、リアウイングとリア・クラッシャブルストラクチャーの間に配置された小型のサブウイングを指す。F1マシンに小猿を座らせるにはかなりのイマジネーションと訓練が必要になるはずだが、このウイングは小猿が座る場所としては確かに最適だ。
現代のF1マシンではあらゆるサブウイングが試行錯誤されているため、モンキーシートを誰が発明したのか特定するのは難しい。ともあれ、モンキーシートはダウンフォース発生と排気流の有効活用を兼ねたデバイスとして定着した。
カテゴリー: F1 / F1マシン