アレッサンドロ・ザナルディ死去 F1界が追悼「真の勇気を示した」
アレッサンドロ・ザナルディが2026年5月1日、イタリア・ボローニャで死去した。享年59歳。F1ではロータス、ミナルディ、ジョーダン、ウィリアムズから通算41戦に出走し、その後インディカーで1997年と1998年に連覇を果たした。

2001年のラウジッツリンクでの事故により両脚を切断した後も、ザナルディはハンドコントロール付きのレーシングカーで競技に復帰。

さらにハンドバイクに転向し、2012年と2016年のパラリンピックで金メダルを獲得した。2020年のハンドバイク事故で深刻な顔面および頭部外傷を負っていた。

ドメニカリ「彼の並外れた強さを忘れない」
F1のCEO兼プレジデントを務めるステファノ・ドメニカリは、ザナルディへの追悼の言葉を述べた。

「親愛なる友人アレックス・ザナルディの死に、深い悲しみを覚えている」

「彼は人間としても、アスリートとしても、本当に人々を鼓舞する存在だった。私は彼の並外れた強さを、これからも常に胸に刻み続ける」

「彼は誰もが立ち止まってしまうような困難に直面した。それでも前を向き続け、常に笑顔を絶やさず、頑固なまでの決意で我々すべてに刺激を与えてくれた」

「彼を失った悲しみは非常に大きいが、そのレガシーは力強く残り続ける。今、私の心からの思いと深い哀悼の意は、妻ダニエラ、息子ニッコロ、家族、そして彼を知る幸運に恵まれたすべての人々に向けられている」

ヒル「彼は並外れた人物だった」
1996年F1ワールドチャンピオンのデイモン・ヒルも、F1.comにザナルディへの思いを語った。

「信じられないほど悲しい。あれほど情熱的で不屈の人物にしては、彼の人生にはあまりにも多くの不運があったと思う。両脚を失った後に戻ってきて、パラリンピックやその他の競技に出場したとき、彼は自分が何者なのかを示した」

「彼と初めて出会ったのはフォーミュラ3000のときで、彼はバローネ・ランパンテで走っていた。そこから彼のキャリアを見てきた。パラリンピックで彼が何をしているのかを聞くたびに、いつも感銘を受けていた」

「ひとりの人間として、彼は並外れていた。何をするにも、あの典型的なイタリア人らしい情熱を持っているように見えた。それは見事だった。最終的に、彼が我々のもとを去ったことは本当に悲しい」

ザナルディ F1

ヴォルフ「真の勇気とは何かを定義した人物」
メルセデスのチーム代表トト・ヴォルフは、ザナルディの「真の勇気」に触れた。

「モーターレーシングでは、我々は勇気について多くを語る。時折、その意味を本当に定義する人物に出会うことがある。アレックス・ザナルディがその人だった」

「若いレーシングドライバーだった頃、私はアレックスのドライビングスキルに憧れていた。彼が特にアメリカで成し遂げたことは、どれほど才能ある人物だったかを示していた。だが、事故の後に彼が成し遂げたことは、さらに大きなインスピレーションだった。彼は、人生が人に試練を与えても、それがその人を定義する必要はないことを示した。逆境は謙虚さ、ユーモア、楽観主義によって乗り越えられるのだ」

「彼の模範はこれからも人々を鼓舞し続け、真の勇気がどのようなものかを思い出させてくれるだろう」

カルロス・サインツ、ウィリアムズのチーム代表ジェームス・ボウルズ、マクラーレン・レーシングCEOのザク・ブラウン、元F1ドライバーのハインツ=ハラルド・フレンツェンらも、SNSを通じてザナルディに追悼の意を表した。






このエントリーをはてなブックマークに追加

カテゴリー: F1 / F1ドライバー