アイルトン・セナ F1初優勝は“別格” 豪雨のポルトガルGPで起きた異次元走行
アイルトン・セナがF1で初優勝を挙げたのは、1985年4月21日のポルトガルGPだった。すでに伝説への道を歩み始めていたブラジル人ドライバーにとって、この勝利は次の章の始まりを告げるものとなった。

セナは3度のワールドタイトルを獲得したマクラーレン時代で最も広く記憶されており、F1キャリア6戦目の1984年モナコGPで見せたトールマンでの衝撃的な走りも語り継がれている。しかし、セナが初めて表彰台の頂点に立ったのは、象徴的な黒と金のカラーリングをまとったロータスだった。

エストリルでつかんだ初ポールポジション
1985年4月20日、エストリルでセナは自身初のポールポジションを獲得した。F1史に名を残す大物たちがそろったグリッドの中で、それだけでも十分に大きな偉業だった。

だが、その週末を本当に特別なものにしたのは決勝だった。

現代なら開催すら危ぶまれる豪雨
決勝日のポルトガルには激しい雨が降った。現代のF1であれば、レースの延期や開催そのものの中止が検討されても不思議ではないような雨だった。

安全面で今よりはるかに緩やかだった時代にあっても、故マレー・ウォーカーが一時「ひどい」と表現したほどで、そのコンディションの異常さを物語っていた。

セナが見せた圧倒的なウエット走行
セナはスタートから飛び出し、チームメイトのエリオ・デ・アンジェリスを従えて先頭を快走した。そして、F1史上でも屈指でありながら過小評価されがちな、驚異的なウエットでのパフォーマンスを披露した。

その走りは、ミハエル・シューマッハが1996年スペインGPで見せた走りにも匹敵するものだった。

アイルトン・セナ F1 初優勝

過酷さを示した大量リタイア
そのコンディションがどれほど危険だったかは、リタイアしたドライバーの顔ぶれを見るだけでも分かる。ケケ・ロズベルグ(ウィリアムズ)、ニキ・ラウダ(マクラーレン)、そしてマーティン・ブランドル(ティレル)も完走できなかった。

実際、雨脚がさらに強まったことで、セナはレースを赤旗中断すべきだとオフィシャルに合図していた。その直後には、アラン・プロストがスタートストレートを走行中にスピンを喫している。

全26台のスタートのうち、チェッカーフラッグを受けたのはわずか10台だった。そのうち正式に完走扱いとなったのは9台で、RAMのマンフレッド・ヴィンケルホックはトップから17周遅れとなり、2時間の時間制限でレースが終了した時点で完走扱いにはならなかった。

唯一食らいついたアルボレートも大差
完走車が少なかっただけではない。フェラーリのミケーレ・アルボレートだけがセナと同一周回でゴールしたが、その差は62.978秒もあった。

ルノーのパトリック・タンベイとデ・アンジェリスが1周遅れで続き、さらに2周遅れの集団の先頭にはウィリアムズのナイジェル・マンセルがいた。

初優勝こそ最高の勝利だった可能性
セナはその後、輝かしいF1キャリアの中で数多くの名勝負と名勝利を積み重ねていくことになる。それでも、この初優勝こそが彼にとって最高の勝利だった可能性は十分にある。

1985年ポルトガルGPは、セナがただ初勝利を挙げたレースではなかった。極限のコンディションの中で、なぜ彼が特別な存在だったのかを世界に示した一戦だった。

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カテゴリー: F1 / アイルトン・セナ