セバスチャン・ベッテル F1昇格の裏側 スピード「トストに暴言で即交代」
2007年F1シーズン、セバスチャン・ベッテルがトロロッソでデビューを果たした背景には、当時のレギュラードライバーだったスコット・スピードの行動が大きく影響していたことが明らかになった。

スピード本人が振り返った証言により、レッドブル育成ドライバーとしてキャリアを歩んでいたベッテルの昇格は、単なる実力評価だけでなく、チーム内での人間関係や振る舞いも大きく関係していた実態が浮かび上がっている。

ベッテル昇格の裏で起きていた出来事
2007年、ベッテルはBMWザウバーから代役出場したアメリカGPで8位入賞を果たし、F1初ポイントを獲得した。その後、約2か月後のハンガリーGPでトロロッソから正式に参戦することになる。

そのシートを失ったのがスコット・スピードだった。スピードはポッドキャスト出演の中で、自身のキャリアを振り返りながら当時の状況を明かしている。

「いろいろ違うやり方ができたと思う。コミュニケーション能力がなかったし、ちゃんとした教育も受けていなかった。この世界がどういうものか全く理解していなかった」

「ドライバーとして自分にどんな影響力があるのかも分かっていなかった。ただマシンに乗って速く走るだけだと思っていた。でも、なぜ速いのかも分かっていなかった」

決定打となったトストとの衝突
転機となったのは、ニュルブルクリンクで開催された2007年ヨーロッパGP後だった。豪雨により多くのマシンが1コーナーでコースアウトする混乱のレースとなり、スピードもその一人だった。

レース後、トロロッソのチーム代表フランツ・トストとのやり取りが決定的な亀裂を生む。

「エンジニアと話していたらトストが来て、1コーナーで何が起きたのかと聞いてきた」

「正直、何を言っているのかと思った。あそこでは8台くらいがコースアウトしていたし、ハミルトンやバトンも同じだった。だから『みんなと同じだ。アクアプレーニングだ』と答えた」

「すると彼は『全員じゃない。バカだけだ』と言った」

「だから僕は『ふざけるな』と言ってその場を去った。そして次のレースでは、セバスチャン・ベッテルが僕のマシンに乗っていた」

「傲慢だった」スピードの自己分析
スピードは当時の自分を厳しく振り返り、トップカテゴリーで成功するために必要な要素を理解していなかったと認めている。

「ただの傲慢な若者だった。チーム代表にあんなことを言っても問題ないと思っていた。でも実際は違った」

「そのレベルで成功するために何が必要か、僕は理解していなかっただけだ」

ベッテルのキャリアはこの交代劇をきっかけに大きく動き出し、その後の成功へとつながっていく。一方でスピードにとっては、F1でのチャンスを失う決定的な出来事となった。

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カテゴリー: F1 / セバスチャン・ベッテル / レッドブル・レーシング / トロロッソ