佐藤琢磨、残り3周の悲劇 「表彰台に上るのも夢ではなかった」
佐藤琢磨が、インディカー 第13戦 ミッドオハイオのレース週末を振り返った。
佐藤琢磨とAJフォイト・レーシングはミッドオハイオで落胆を味わった。レースが残り3周となったとき、素晴らしい戦略と順調なレースペースにより、No.14ダラーラ・ホンダは4番手まで浮上していた。
ところが、セバスチャン・ブルデーが判断を誤って佐藤琢磨に襲いかかった結果、2台はコースオフを喫し、佐藤琢磨は9位でフィニッシュすることになったのだ。
チームが「アタック1ラップのタイム」を改善するのに苦しんでいたこともあり、プラクティスから予選にかけて佐藤琢磨のパフォーマンスは伸び悩んでいたが、レースセットアップに関して佐藤琢磨はなんの不安も抱いていなかった。
「ここ何年もミッドオハイオではいい結果を残せませんでしたが、新しいエアロパッケージを得た今年は好成績が期待できると考えていました。というのも、ロードコース用の新しいセットアップを試したロードアメリカではとてもいい感触を得ていたからです」
「トロントのレースが終わった直後、僕たちはミッドオハイオでテストを行い、とても多くの手応えを掴みました。ラップタイムが接近していたので判断は難しいところですが、それでもスピードは良好で、いいデータをたくさん収集できました」
しかし、金曜日にはそうした希望も霧消してしまう。2回のフリープラクティスを16番手と22番手で終えた佐藤琢磨は、土曜日の午前中に行われたプラクティスでも21番手に沈み込んだのである。そして予選には強豪が揃ったグループから臨んで10番手となり、期待はずれな20番グリッドから決勝レースに挑むことが決まった。
「通常、僕は、オウルトンパークによく似たこのタイプのコースが好きです」 佐藤琢磨はイギリスF3時代に慣れ親しんだサーキットを引き合いにだしながら、そう語った。
「ミッドオハイオはレーシングカーの走行に伴ってコースコンディションが急激に改善されることで有名です。最初は滑りやすくてまるでグリップが得られませんが、20台以上のマシンが10周から20周くらいするとグリップ・レベルが急激に向上し、ラップタイムが5、6秒ほど短縮されることがあります。これに伴ってマシンのバランスも大きく変化するので、セッションごとに前もって対応することが必要となります」
「金曜日のプラクティスは、以前テストしたときとはコンディションが異なっていたので、少し混乱しました。テストのときは好調だったセッティングがうまく機能せず、スピードにもグリップにも納得がいきませんでした。ただし、土曜日に行われた3回目のプラクティスではフィーリングが改善されたので、マシンの仕上がりについてはまずまず満足していました」
「予選でのマシンは、過去数年のなかでもベストな状態でしたが、驚いたことに、ほとんどのドライバーが僕よりも好調でした。といっても、ほんのコンマ数秒の差ですが、ここでは信じられないくらいラップタイムは僅差になるのです」
日曜日朝の最後のプラクティスにおいて、チームは新しい組み合わせのセットアップを試し、好感触を得た。
「このコースではメカニカルグリップがとても重要で、バランスが決定的な要素となります。また、大きく回り込むコーナーが多いのもミッドオハイオの特徴で、ターン2はまるでヘアピンコーナーのように見えますが、最低旋回速度はとても高いのが実情です。そしてターン4からターン10まではひとつの流れでクリアします。もしもマシンのバランスがよくなければ、コーナーひとつについて100分の5秒はロスするでしょうから、1ラップあたりコンマ4秒に相当します。それでもファイナル・プラクティスではハンドリングが改善されました。ポジションは14番手でしたが、ようやくマシンのパフォーマンスがひとつにまとまってきたように思われたのです」
そしてレースデイがやってきた。ミッドオハイオでは、イエローがたくさん出ると2ストップでも走りきれるが、グリーンが続いた場合は3ストップが基本となる。いっぽうで、ミッドオハイオのレースを制するドライバーがしばしば最初のピットストップを早めに行うのもまた事実である。
「ミッドオハイオの王者といえば、まずはスコット・ディクソンですが、今回は彼も予選で苦戦していたので、僕たちは彼のレース戦略に追随することとしました。もっとも、これは過去に2度試して、2度ともうまくいきませんでしたが、今回は『3度目の正直』を期待していました! 最初のピットウィンドウが開くのは10周目ですが、僕たちは少しギャンブルに挑戦することにしました」
ドラマは早々と起きた。佐藤琢磨は戦略の一環として硬めのブラックタイヤでグリッドに並ぶと、好スタートを決めてポジションを上げることに成功する。ところが、新品のレッドタイヤを装着していたマルコ・アンドレッティが後方グリッドから激しく追い上げていたのだ。
「ダウンヒルのターン5で、彼は3ワイドになりながら迫ってきて、アウト側から僕をオーバーテイクしようとしたため、僕はサンドイッチされる格好となりました。ここで3台は接触、いくつものパーツが宙を舞いましたが、幸いなことに、どれも僕のものではありませんでした!」
ただし、佐藤琢磨はブラックタイヤでのバランスに満足していなかった。そこで早めにピットストップを行い、残るレースをレッドタイヤで走りきることにする。ディクソンとともに佐藤琢磨がピットストップを行ったのは12周目のこと。すると、3周後にディクソンとエリオ・カストロネヴェスが接触し、この日最初のイエローが提示されることになった。ここでライバルの多くはピットストップを実施、佐藤琢磨は悠々とトップ10圏内に駒を進めると、リスタートではブルデーを攻略。ピットストップが一巡したときには3番手まで浮上していた。先行するのはミカエル・アレシンとカルロス・ムニョスのふたりだけである。
「レッドタイヤを履いてからは、まるで予選のようにプッシュし続けましたが、いっぽうで、どこかで燃料をセーブしなければいけないことも承知していました。僕たちは順調にスティントを走りきり、イエローにも恵まれました。レース戦略はすべてうまくいっていたのです。この後、僕とブルデーはレースを通じてバトルし続けることになります!」
2回目のピットストップはグリーンのまま行われ、佐藤琢磨は5番手となる。そして最後のピットストップは、チームメイトのジャック・ホークスワースが起こしたアクシデントをきっかけに始まった。このとき佐藤琢磨は6番手だったが、グリーンが提示された直後にキンボールがコースアウトしたため、5番手にポジションを上げる。そして、他のドライバーとは異なるタイミングで給油を行っていたコノー・デイリーが最後のピットストップを行ったことでNo.14は4番手に浮上。このとき、3番手のムニョスは手を伸ばせば届く距離にいた。
「ピットストップではメカニックたちが素晴らしい働きをしてくれたほか、レースペースはとても安定したものでした。こうなることは、フリープラクティスのときからわかっていました。一発の速さはなくても、スピードが安定していたのです。つまり、スタビリティの高いレースカーで予選に臨んだようなものでした。このことは決勝での走りで証明され、僕は前を走るドライバーを次々と攻略することになりました」
残り25周をグリーンのまま走り続けることになる最後のリスタートを迎えたとき、佐藤琢磨には上位フィニッシュを果たす自信があった。「最後のスティントは数周分の燃料をセーブしなければいけないという意味において、どのドライバーも似たような状況にありました。リスタートの直後にムニョスにチャレンジできるチャンスがあったのは、このためです。ターン11に僕とムニョスはサイド・バイ・サイドとなって進入しましたが、攻略には至りませんでした。僕も燃費を守るのに必死でしたが、何かあれば簡単にポジションを落としてしまう状況だったので、ミスは絶対に許されませんでした」
「最後の20周、ムニョスと僕、僕とブルデーの間隔は、ほとんど同じようなものでした。そして残り3周となったところで、おそらくブルデーにピットから指示が出たのでしょうが、僕にアタックをしかけるようになり、ターン4で襲いかかってきました。もちろん、僕は即座に対抗します。僕はできることすべてを行ってポジションを守ろうとしました。もっとも、彼は僕のスリップストリームに入っている範囲で、並びかけていたわけでもありません。そして僕がコーナーへのブレーキングをギリギリまで遅らせたところ、ブルデーも接近。最後はブレーキをロックさせて追突、僕をコースアウトに追い込んだのです。これは本当に残念でした」
佐藤琢磨は9番手でコースに復帰したが、これは小さななぐさめに過ぎなかった。
「僕は勢いを保ってサンドトラップから抜け出すことができましたが、とにかく落胆しました。ブルデーの後方には数秒差でグレアム・レイホールがつけていましたが、ファイナルラップで彼はあとわずかでムニョスを攻略できるところまで追い上げました。最終ラップのムニョスのペースはとても遅かったので、おそらく燃料を使い果たしていたのでしょう。だから、もしも僕がアクシデントに遭ってなかったら、ムニョスを攻略して表彰台に上るのも夢ではなかったと思います。僕にはまだプッシュ・トゥ・パスが4つも残っていたし、燃料も問題ありませんでした。それを考えると、なおさら残念に思います。もっとも、あくまでもあれはレーシング・アクシデントで、僕にできることは何もありませんでした。それでも、ブルデーのようにレベルが高く、定評のあるドライバーがあのようなミスを犯したと思うと、やはり残念で仕方ありません」
これで、佐藤琢磨は3戦連続でトップ5でフィニッシュするチャンスがありながら、それを達成できたのはトロントの1度だけという結果に終わった。
「ペナルティがなければロードアメリカではトップ5に入っていたでしょう。そしてトロントで5位に入り、今回もいい成績が得られそうでした。僕たちは3戦連続でコース上とピットの両方で自分たちの強さを証明しました。レース後、僕がピットレーンに戻ってくると、誰もが落胆していましたが、いっぽうで笑顔も浮かべていました。なかでもAJはとても幸せそうに見えました。チームは素晴らしい判断を下し、僕の追い上げを大いに助けてくれました。残る課題は予選でのバランスだけです」
8月21日にポコノのスーパースピードウェイで次戦が行われるまでには少し余裕があるが、佐藤琢磨とチームは木曜日にこのコースでテストを実施する予定だ。
「ポコノではいつも力強いパフォーマンスを示してきたので、このコースで走るのが本当に楽しみです。今回はドームド・スキッドという、いままでとは異なるスペックで走ることになりますが、僕たちはきっとコンペティティブなはずなので、まずはまる1日かけて行うテストを楽しみにしています」
カテゴリー: F1 / 佐藤琢磨 / インディカー
佐藤琢磨とAJフォイト・レーシングはミッドオハイオで落胆を味わった。レースが残り3周となったとき、素晴らしい戦略と順調なレースペースにより、No.14ダラーラ・ホンダは4番手まで浮上していた。
ところが、セバスチャン・ブルデーが判断を誤って佐藤琢磨に襲いかかった結果、2台はコースオフを喫し、佐藤琢磨は9位でフィニッシュすることになったのだ。
チームが「アタック1ラップのタイム」を改善するのに苦しんでいたこともあり、プラクティスから予選にかけて佐藤琢磨のパフォーマンスは伸び悩んでいたが、レースセットアップに関して佐藤琢磨はなんの不安も抱いていなかった。
「ここ何年もミッドオハイオではいい結果を残せませんでしたが、新しいエアロパッケージを得た今年は好成績が期待できると考えていました。というのも、ロードコース用の新しいセットアップを試したロードアメリカではとてもいい感触を得ていたからです」
「トロントのレースが終わった直後、僕たちはミッドオハイオでテストを行い、とても多くの手応えを掴みました。ラップタイムが接近していたので判断は難しいところですが、それでもスピードは良好で、いいデータをたくさん収集できました」
しかし、金曜日にはそうした希望も霧消してしまう。2回のフリープラクティスを16番手と22番手で終えた佐藤琢磨は、土曜日の午前中に行われたプラクティスでも21番手に沈み込んだのである。そして予選には強豪が揃ったグループから臨んで10番手となり、期待はずれな20番グリッドから決勝レースに挑むことが決まった。
「通常、僕は、オウルトンパークによく似たこのタイプのコースが好きです」 佐藤琢磨はイギリスF3時代に慣れ親しんだサーキットを引き合いにだしながら、そう語った。
「ミッドオハイオはレーシングカーの走行に伴ってコースコンディションが急激に改善されることで有名です。最初は滑りやすくてまるでグリップが得られませんが、20台以上のマシンが10周から20周くらいするとグリップ・レベルが急激に向上し、ラップタイムが5、6秒ほど短縮されることがあります。これに伴ってマシンのバランスも大きく変化するので、セッションごとに前もって対応することが必要となります」
「金曜日のプラクティスは、以前テストしたときとはコンディションが異なっていたので、少し混乱しました。テストのときは好調だったセッティングがうまく機能せず、スピードにもグリップにも納得がいきませんでした。ただし、土曜日に行われた3回目のプラクティスではフィーリングが改善されたので、マシンの仕上がりについてはまずまず満足していました」
「予選でのマシンは、過去数年のなかでもベストな状態でしたが、驚いたことに、ほとんどのドライバーが僕よりも好調でした。といっても、ほんのコンマ数秒の差ですが、ここでは信じられないくらいラップタイムは僅差になるのです」
日曜日朝の最後のプラクティスにおいて、チームは新しい組み合わせのセットアップを試し、好感触を得た。
「このコースではメカニカルグリップがとても重要で、バランスが決定的な要素となります。また、大きく回り込むコーナーが多いのもミッドオハイオの特徴で、ターン2はまるでヘアピンコーナーのように見えますが、最低旋回速度はとても高いのが実情です。そしてターン4からターン10まではひとつの流れでクリアします。もしもマシンのバランスがよくなければ、コーナーひとつについて100分の5秒はロスするでしょうから、1ラップあたりコンマ4秒に相当します。それでもファイナル・プラクティスではハンドリングが改善されました。ポジションは14番手でしたが、ようやくマシンのパフォーマンスがひとつにまとまってきたように思われたのです」
そしてレースデイがやってきた。ミッドオハイオでは、イエローがたくさん出ると2ストップでも走りきれるが、グリーンが続いた場合は3ストップが基本となる。いっぽうで、ミッドオハイオのレースを制するドライバーがしばしば最初のピットストップを早めに行うのもまた事実である。
「ミッドオハイオの王者といえば、まずはスコット・ディクソンですが、今回は彼も予選で苦戦していたので、僕たちは彼のレース戦略に追随することとしました。もっとも、これは過去に2度試して、2度ともうまくいきませんでしたが、今回は『3度目の正直』を期待していました! 最初のピットウィンドウが開くのは10周目ですが、僕たちは少しギャンブルに挑戦することにしました」
ドラマは早々と起きた。佐藤琢磨は戦略の一環として硬めのブラックタイヤでグリッドに並ぶと、好スタートを決めてポジションを上げることに成功する。ところが、新品のレッドタイヤを装着していたマルコ・アンドレッティが後方グリッドから激しく追い上げていたのだ。
「ダウンヒルのターン5で、彼は3ワイドになりながら迫ってきて、アウト側から僕をオーバーテイクしようとしたため、僕はサンドイッチされる格好となりました。ここで3台は接触、いくつものパーツが宙を舞いましたが、幸いなことに、どれも僕のものではありませんでした!」
ただし、佐藤琢磨はブラックタイヤでのバランスに満足していなかった。そこで早めにピットストップを行い、残るレースをレッドタイヤで走りきることにする。ディクソンとともに佐藤琢磨がピットストップを行ったのは12周目のこと。すると、3周後にディクソンとエリオ・カストロネヴェスが接触し、この日最初のイエローが提示されることになった。ここでライバルの多くはピットストップを実施、佐藤琢磨は悠々とトップ10圏内に駒を進めると、リスタートではブルデーを攻略。ピットストップが一巡したときには3番手まで浮上していた。先行するのはミカエル・アレシンとカルロス・ムニョスのふたりだけである。
「レッドタイヤを履いてからは、まるで予選のようにプッシュし続けましたが、いっぽうで、どこかで燃料をセーブしなければいけないことも承知していました。僕たちは順調にスティントを走りきり、イエローにも恵まれました。レース戦略はすべてうまくいっていたのです。この後、僕とブルデーはレースを通じてバトルし続けることになります!」
2回目のピットストップはグリーンのまま行われ、佐藤琢磨は5番手となる。そして最後のピットストップは、チームメイトのジャック・ホークスワースが起こしたアクシデントをきっかけに始まった。このとき佐藤琢磨は6番手だったが、グリーンが提示された直後にキンボールがコースアウトしたため、5番手にポジションを上げる。そして、他のドライバーとは異なるタイミングで給油を行っていたコノー・デイリーが最後のピットストップを行ったことでNo.14は4番手に浮上。このとき、3番手のムニョスは手を伸ばせば届く距離にいた。
「ピットストップではメカニックたちが素晴らしい働きをしてくれたほか、レースペースはとても安定したものでした。こうなることは、フリープラクティスのときからわかっていました。一発の速さはなくても、スピードが安定していたのです。つまり、スタビリティの高いレースカーで予選に臨んだようなものでした。このことは決勝での走りで証明され、僕は前を走るドライバーを次々と攻略することになりました」
残り25周をグリーンのまま走り続けることになる最後のリスタートを迎えたとき、佐藤琢磨には上位フィニッシュを果たす自信があった。「最後のスティントは数周分の燃料をセーブしなければいけないという意味において、どのドライバーも似たような状況にありました。リスタートの直後にムニョスにチャレンジできるチャンスがあったのは、このためです。ターン11に僕とムニョスはサイド・バイ・サイドとなって進入しましたが、攻略には至りませんでした。僕も燃費を守るのに必死でしたが、何かあれば簡単にポジションを落としてしまう状況だったので、ミスは絶対に許されませんでした」
「最後の20周、ムニョスと僕、僕とブルデーの間隔は、ほとんど同じようなものでした。そして残り3周となったところで、おそらくブルデーにピットから指示が出たのでしょうが、僕にアタックをしかけるようになり、ターン4で襲いかかってきました。もちろん、僕は即座に対抗します。僕はできることすべてを行ってポジションを守ろうとしました。もっとも、彼は僕のスリップストリームに入っている範囲で、並びかけていたわけでもありません。そして僕がコーナーへのブレーキングをギリギリまで遅らせたところ、ブルデーも接近。最後はブレーキをロックさせて追突、僕をコースアウトに追い込んだのです。これは本当に残念でした」
佐藤琢磨は9番手でコースに復帰したが、これは小さななぐさめに過ぎなかった。
「僕は勢いを保ってサンドトラップから抜け出すことができましたが、とにかく落胆しました。ブルデーの後方には数秒差でグレアム・レイホールがつけていましたが、ファイナルラップで彼はあとわずかでムニョスを攻略できるところまで追い上げました。最終ラップのムニョスのペースはとても遅かったので、おそらく燃料を使い果たしていたのでしょう。だから、もしも僕がアクシデントに遭ってなかったら、ムニョスを攻略して表彰台に上るのも夢ではなかったと思います。僕にはまだプッシュ・トゥ・パスが4つも残っていたし、燃料も問題ありませんでした。それを考えると、なおさら残念に思います。もっとも、あくまでもあれはレーシング・アクシデントで、僕にできることは何もありませんでした。それでも、ブルデーのようにレベルが高く、定評のあるドライバーがあのようなミスを犯したと思うと、やはり残念で仕方ありません」
これで、佐藤琢磨は3戦連続でトップ5でフィニッシュするチャンスがありながら、それを達成できたのはトロントの1度だけという結果に終わった。
「ペナルティがなければロードアメリカではトップ5に入っていたでしょう。そしてトロントで5位に入り、今回もいい成績が得られそうでした。僕たちは3戦連続でコース上とピットの両方で自分たちの強さを証明しました。レース後、僕がピットレーンに戻ってくると、誰もが落胆していましたが、いっぽうで笑顔も浮かべていました。なかでもAJはとても幸せそうに見えました。チームは素晴らしい判断を下し、僕の追い上げを大いに助けてくれました。残る課題は予選でのバランスだけです」
8月21日にポコノのスーパースピードウェイで次戦が行われるまでには少し余裕があるが、佐藤琢磨とチームは木曜日にこのコースでテストを実施する予定だ。
「ポコノではいつも力強いパフォーマンスを示してきたので、このコースで走るのが本当に楽しみです。今回はドームド・スキッドという、いままでとは異なるスペックで走ることになりますが、僕たちはきっとコンペティティブなはずなので、まずはまる1日かけて行うテストを楽しみにしています」
カテゴリー: F1 / 佐藤琢磨 / インディカー