ホンダF1撤退会見 「第3期ホンダF1の成果」
ホンダの福井威夫社長が、第3期ホンダF1の活動を振り返った。
ここ数年は成績が低迷し、2008年は9位でシーズンを終えたホンダF1チーム。また最近では、ロス・ブロウン、ニック・フライ率いるイギリスのホンダ・レーシングF1が実質的な実権を握っており、ホンダとしての姿勢に対して疑問視する声も上がっていた。
「第3期の成果といたしましては、私自身、大変残念だし、きちんとした成果を得られない途中撤退という認識でいますが、あえて申し上げますと、やはり最高峰のF1というレースの場で8年間戦ってきた。例えそれがロス・ブロウンの指揮下にあったとしても、栃木研究所、ホンダのエンジニアがその最前線で、最高峰の技術あるいはレースの場で戦ってきたというのは、非常に大きなものだと思ってます」
「この8年間で、延べ人数で言いますと、F1レースに関わった人間は千数百人になると思います。そういう人間の財産と言うのは、ひとつ大きな成果だったと思うし、技術的に言いますと、今回第3期は車体までやった。最終的にはレースウェアまで直接携わったということで、車体関係の技術、空力にしろ、サスペンションにしろ、駆動系にしろ、制御系にしろ、最先端のそういう領域の技術者が磨かれたという、これは大きな成果だったと思っております」
第3期ホンダF1の活動を振り返った福井社長は、第3期初優勝を遂げた2006年よりも、ルール違反で出場停止を言い渡された2005年の印象が強いと語った。
「もちろん、勝った時が一番嬉しかった訳ですけど、印象に強いのは、確か05年だったと思いますけど、ポールポジションを獲ってレースには勝てなかったという状況で、十分勝てそうな雰囲気になったときに、ルール違反ということで出場停止になったことは非常に悔しかったですね。あれについては、我々はああいうルール違反はないと未だに信じていますけれども、あのときに勢いをそがれたというのは非常に残念だと思います」
また、ここ数年の低迷の理由については、技術不足や原因を掌握できなったことを明らかにした。
「様々な理由があった。中断をしていた段階で技術が遅れてしまった。F1という場で戦う技術がなかったし、それに追いつく時間が必要がだった」
「勝つため、タイトルを争うチームというのは限られているわけですから、そう簡単に、そう争える訳じゃなくて、我々も言える側ではない。当然、タイトル争いをやっていれば、こういう用件が必要だなというのが、今申し上げられますけれども、なんともそれが掴めていない段階での撤退ですから、理由は良く分からないです」
「こうすれば勝てるんじゃないかと、毎年手を打ってきて、来年に向けてもそういう手を打っているわけですけども、それはまだ結果が出ていませんから、なんと申し上げても非常に残念だと思います」
ロス・ブロウンを迎えたホンダは、2008年シーズンを犠牲にしてまでレギュレーションが変更になる2009年のマシン開発に賭けてきた。バルセロナではKERSをはじめとする2009年パッケージのテストを勢力的に行っていた。福井社長は、少なくともバルセロナの時点ではF1撤退を決定していなかったことを明らかにした。
「会社として、最終的に意思決定したのは、昨日(12月4日)です。」
「状況を申し上げますと、自動車の販売だけでなくて、2輪車も含め、北米のみならず、世界中のマーケットが10月〜11月に入ってから、特に加速度的に減速しています。これはもう我々の想像をはるかに超えた、まったく先が見えないような状況になっている状況だと思います。したがって、10月以前、少なくとも9月までの状況でこういう決断はたぶんしなかったと思います。」
「バルセロナのテストの感触は、非常にポジティブに我々も報告は受けてて、来年に向けての手応えもあったわけですけども、あの時点ではそういう話はなくて、ロス・ブラウンにこの話を投げかけたのもわりと直近です」
「F1のチームの全員、来年に向けて準備は相当いい状態に仕上がってます。彼らとしては、来年に向けて、手応えを十分つかんでいたし、彼らは一生懸命やっていました。それに対して、我々がビジネス上の理由で今回撤退を決断したという面では、ファンの皆様だけではなくて、F1のレース界の皆様にも申し訳ないし、ロス・ブラウンを含めた連中には申し訳ないと思っています」
カテゴリー: F1 / ホンダF1
ここ数年は成績が低迷し、2008年は9位でシーズンを終えたホンダF1チーム。また最近では、ロス・ブロウン、ニック・フライ率いるイギリスのホンダ・レーシングF1が実質的な実権を握っており、ホンダとしての姿勢に対して疑問視する声も上がっていた。
「第3期の成果といたしましては、私自身、大変残念だし、きちんとした成果を得られない途中撤退という認識でいますが、あえて申し上げますと、やはり最高峰のF1というレースの場で8年間戦ってきた。例えそれがロス・ブロウンの指揮下にあったとしても、栃木研究所、ホンダのエンジニアがその最前線で、最高峰の技術あるいはレースの場で戦ってきたというのは、非常に大きなものだと思ってます」
「この8年間で、延べ人数で言いますと、F1レースに関わった人間は千数百人になると思います。そういう人間の財産と言うのは、ひとつ大きな成果だったと思うし、技術的に言いますと、今回第3期は車体までやった。最終的にはレースウェアまで直接携わったということで、車体関係の技術、空力にしろ、サスペンションにしろ、駆動系にしろ、制御系にしろ、最先端のそういう領域の技術者が磨かれたという、これは大きな成果だったと思っております」
第3期ホンダF1の活動を振り返った福井社長は、第3期初優勝を遂げた2006年よりも、ルール違反で出場停止を言い渡された2005年の印象が強いと語った。
「もちろん、勝った時が一番嬉しかった訳ですけど、印象に強いのは、確か05年だったと思いますけど、ポールポジションを獲ってレースには勝てなかったという状況で、十分勝てそうな雰囲気になったときに、ルール違反ということで出場停止になったことは非常に悔しかったですね。あれについては、我々はああいうルール違反はないと未だに信じていますけれども、あのときに勢いをそがれたというのは非常に残念だと思います」
また、ここ数年の低迷の理由については、技術不足や原因を掌握できなったことを明らかにした。
「様々な理由があった。中断をしていた段階で技術が遅れてしまった。F1という場で戦う技術がなかったし、それに追いつく時間が必要がだった」
「勝つため、タイトルを争うチームというのは限られているわけですから、そう簡単に、そう争える訳じゃなくて、我々も言える側ではない。当然、タイトル争いをやっていれば、こういう用件が必要だなというのが、今申し上げられますけれども、なんともそれが掴めていない段階での撤退ですから、理由は良く分からないです」
「こうすれば勝てるんじゃないかと、毎年手を打ってきて、来年に向けてもそういう手を打っているわけですけども、それはまだ結果が出ていませんから、なんと申し上げても非常に残念だと思います」
ロス・ブロウンを迎えたホンダは、2008年シーズンを犠牲にしてまでレギュレーションが変更になる2009年のマシン開発に賭けてきた。バルセロナではKERSをはじめとする2009年パッケージのテストを勢力的に行っていた。福井社長は、少なくともバルセロナの時点ではF1撤退を決定していなかったことを明らかにした。
「会社として、最終的に意思決定したのは、昨日(12月4日)です。」
「状況を申し上げますと、自動車の販売だけでなくて、2輪車も含め、北米のみならず、世界中のマーケットが10月〜11月に入ってから、特に加速度的に減速しています。これはもう我々の想像をはるかに超えた、まったく先が見えないような状況になっている状況だと思います。したがって、10月以前、少なくとも9月までの状況でこういう決断はたぶんしなかったと思います。」
「バルセロナのテストの感触は、非常にポジティブに我々も報告は受けてて、来年に向けての手応えもあったわけですけども、あの時点ではそういう話はなくて、ロス・ブラウンにこの話を投げかけたのもわりと直近です」
「F1のチームの全員、来年に向けて準備は相当いい状態に仕上がってます。彼らとしては、来年に向けて、手応えを十分つかんでいたし、彼らは一生懸命やっていました。それに対して、我々がビジネス上の理由で今回撤退を決断したという面では、ファンの皆様だけではなくて、F1のレース界の皆様にも申し訳ないし、ロス・ブラウンを含めた連中には申し訳ないと思っています」
カテゴリー: F1 / ホンダF1