メルセデスF1のジョージ・ラッセル 「BMWのオファーを受けていたら今の自分はなかった」
ジョージ・ラッセルは、メルセデスF1のジュニアプログラムにサインする前にBMWからの儲かるオファーを受けていれば、モータースポーツキャリアは別の道を辿っていた可能性があると明らかにした。

2022年にメルセデスF1への移籍が決定したジョージ・ラッセルは、キャリアの初期段階の選択肢について率直に話した。最初はヨーロッパF3選手権でメルセデスからのスポンサードを断り、カーリンとフォルスクワーゲンを選んだ。当時、それは自分にとってベストな選択肢だと考えていた。

しかし、ジョージ・ラッセルが16歳のとき、大きな分岐点があった。その日のリファレンスドライバーよりも速く走ったというプライベートテストに感銘を受けた後、BMWからDTMでレースをするビッグオファーが舞い込んだ。

ジョージ・ラッセルは、メルセデスF1のチーム代表であるトト・ヴォルフからF3で間違った道を進んだと言われていたが、それがチームとの関係を完全に終わらせることはないと思っていたと明かす。

「2015年の初めにトトと会った後、彼に『ミーティングに本当に感謝しています。アドバイスなどすべてに感謝します。お知らせいなければならないことがあります…実は僕はカーリンとフォルクスワーゲンに参加します。それが僕のキャリアにとって良いと信じているからです』とEメールを送った」とジョージ・ラッセルは Motor Sport Magazineに語った。

「良い仕事をしていれば、メルセデスはまだ興味を持ってくれるだろうという意見を持っていた。彼は『気は間違った決定をしていると思うが、連絡を取り合い、そこからどこへ行くのか見てみよう』と返信してくれた」

その後、メルセデスからジュニアプログラムに参加する別のオファーが届いたが、実際、ライバルであるBMWが10代のジョージ・ラッセルとの契約を狙っていた。

ジョージ・ラッセルは、BMWからフルタイムのDTMに参戦するというオファーを受けており、メルセデスはBMWを選んだら関係は終了すると最後通告出した。

メルセデスの契約は“具体的”ではなかったが、ジョージ・ラッセルは、自分が辿った道を追求するという賭けがキャリアで正しいものとなった。

「メルセデス・ベンツはかなり明白だった。BMWと契約した場合、将来的にメルセデスとのオプションはないというものだった…『BMWとの契約にサインした場合、我々は手を引く』とね」

「BMWからはDTMでレースをするという契約が提示されていた。当時はF1に次いで最高のチャンピオンシップだった。

「それで、BMWからこの契約を結び、DTMに出場しました。これは、当時、おそらくF1に次ぐ最高のチャンピオンシップでした。当時、僕は16歳で、テーブルの上にたくさんのお金を積まれた。すべてが本当に衝撃的だった。すべてが突然やって来た。テストは信じられないくらいうまくいった。契約は3日後にテーブルにあった」

「僕はF1チームとのコミュニケーションはあまりなく、トトとの会話はポジティブだったけど、それが何かにつながるかどうかはあまりわらなかった。でも、これは現在テーブルにあるもので、決定を下す必要があった。突然メルセデスが電話をかけてきたけど、具体的なものは何も提供されていなかった。それは『チャンスをつかまなければならない』ということだった」

「彼らは振り返って 『ごめんなさい』と言うかもしれないけど、そではBMWのドアも閉まった。でも、大きな違いは、これはメルセデスであり、それはF1であり、BMWはDTMだったことだ」

「17歳で、僕はそのリスクを冒さなければならなかった。うまくいかなかった場合には後悔したかもしれないけど、うまくいった」

ジェージ・ラッセルは現在、2022年からルイス・ハミルトンとパートナーを組むためにメルセデスF1に移籍し、2022年の人生で最も“激しい”になると予想しているシーズンに向けて準備を進めている。

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カテゴリー: F1 / ジョージ・ラッセル / メルセデス