F1イギリスGPに息づく歴史 シルバーストンのコーナー名の由来を徹底解説

これらの名称には、周辺地域の地名、中世の修道院や礼拝堂、英国モータースポーツの歴史、さらには第二次世界大戦中に軍用飛行場として使われていた過去まで、シルバーストンならではの物語が刻まれている。
2026年F1イギリスGPを前に、全18コーナーと2本のストレートの名前がどのように生まれたのかを紹介する。
シルバーストンは軍用飛行場から生まれたサーキット
シルバーストンは現在こそF1を代表する名門サーキットとして知られているが、その起源は第二次世界大戦中のイギリス空軍(RAF)の飛行場にある。戦時中、この土地には爆撃機が発着する滑走路や格納庫が置かれており、戦後にその広大な敷地を利用してレースが行われるようになった。1948年に初めて英国GPが開催され、1950年にはF1世界選手権の開幕戦の舞台にもなった。現在のコーナー名には、そうした飛行場時代の名残や、周辺地域に根付く歴史が色濃く反映されている。
■ アビー(Abbey)
ドライバーたちは、ルイス・ハミルトンにちなんで名付けられたハミルトン・ストレートにマシンを並べる。この名称は、F1史上最も成功した英国人ドライバーであるハミルトンへの敬意を示すものだ。スタート後、239mの短い加速区間を経て向かうターン1がアビーである。アビーという名前は、近隣にかつて存在した中世の修道院、ラフィールド修道院(Luffield Abbey)の遺構に由来する。現在はその建物を見ることはできないが、シルバーストンの歴史はこの高速コーナーの名前として今も受け継がれている。
■ ファーム(Farm)
シルバーストンのコーナー名には、周辺の地元ランドマークに由来するものが多い。ターン2のファームもそのひとつである。1948年に初めて英国GPを開催した当時のオリジナルレイアウトには、実際に農場の脇を通るストレートがあり、そこから「ファーム・ストレート」と呼ばれるようになった。2010年のレイアウト変更によってコース形状は変わり、かつてのストレートは現在、高速で通過する緩やかなコーナーとなったが、名称だけはそのまま残された。
■ ビレッジ(Village)
ターン3のビレッジは、シルバーストンで最初の大きなブレーキングポイントとなる右コーナーである。この名前は、サーキットに最も近い村であり、サーキット名の由来にもなったシルバーストン村を指している。現在この地域には、アストンマーティンやキャデラックの拠点も置かれており、単なる地名にとどまらず、現代F1においても重要な意味を持つ場所となっている。
■ ザ・ループ(The Loop)
モナコには「ヘアピン」という分かりやすい名称の低速コーナーがあるが、シルバーストンも同じように、形状をそのまま表した名前をターン4に付けた。それがザ・ループである。コーナーの形がループ状になっていることから名付けられたこの区間は、シルバーストンで最も低速なポイントでもある。ドライバーにとっては、ここでしっかり減速し、再加速に備えると同時に、エネルギー回生を行う重要な場所になる。
■ エイントリー(Aintree)
ターン5のエイントリーは、現在では競馬場として知られるリバプールのエイントリーに由来する。エイントリーはかつて自動車レースの舞台でもあり、1955年から1962年にかけて5度にわたり英国GPを開催した歴史を持つ。シルバーストンのこのコーナー名は、英国GPが複数の会場で開催されていた時代の記憶を残すものであり、シルバーストンとエイントリーが共有してきた英国モータースポーツの歴史を示している。
■ ウェリントン・ストレート(Wellington Straight)
ターン5を抜けると、ウェリントン・ストレートに入る。これはシルバーストンの軍用飛行場としての過去を示す2つの区間のうちのひとつである。第二次世界大戦中、この土地はイギリス空軍の基地として使われ、ヴィッカース・ウェリントン爆撃機が発着する滑走路が置かれていた。現在のウェリントン・ストレートは、その滑走路の一部を利用して作られたものであり、サーキットの高速区間であると同時に、戦時中の歴史を今に伝える場所でもある。
■ ブルックランズ(Brooklands)
ウェリントン・ストレートの先にあるターン6はブルックランズと呼ばれる。この名称もエイントリーと同じく、英国GPの歴史に敬意を示したものだ。ブルックランズはロンドン南部に位置するオーバルサーキットで、1926年に英国GPの第1回大会を開催した場所である。翌1927年にも同地で英国GPが行われており、シルバーストンのコーナー名として残されたブルックランズは、英国におけるグランプリレースの始まりを思い起こさせる。
■ ラフィールド(Luffield)
ブルックランズから続くターン7がラフィールドである。この名称も、ターン1のアビーと同じく、コース北東にかつて存在したラフィールド修道院に由来する。かつては2つの独立したコーナーに分かれていたが、現在は長い右コーナーとして構成されている。ドライバーはここで大きく速度を落とす必要があり、脱出速度が次のウッドコートへ向けた流れに大きく影響する。
■ ウッドコート(Woodcote)
シルバーストンがレースサーキットとして発展する上で、英国王立自動車クラブ、通称RACは大きな役割を果たした。RACのメンバーは初期のイベント運営に深く関わり、現在まで続くシルバーストンの伝統を形作る一助となった。そのため、いくつかのコーナー名にはRACに関連する名称が使われている。ターン8のウッドコートは、サリー州にあるRAC所有地内の邸宅「ウッドコート・パーク」に由来する。現在は高速の右コーナーだが、以前のレイアウトではラップの最後を締めくくるコーナーでもあった。
■ コプス(Copse)
シルバーストンの周辺には豊かな田園地帯と小さな林が広がっている。「Copse」とは小さな林を意味する英語であり、コース近くにはチャペル・コプスやチーズ・コプスと呼ばれる林が存在していた。ターン9のコプスは、その周辺の自然に由来する名称である。現在のF1マシンではほぼ全開に近い速度で駆け抜ける超高速コーナーであり、シルバーストンを象徴する難所のひとつとして知られている。
■ マゴッツ(Maggotts)
ターン10から14にかけてのマゴッツ、ベケッツ、チャペルは、シルバーストンでも最も有名な連続コーナーである。ひとつひとつを切り離して語るよりも、ひとつの高速セクションとして捉えた方が自然なほど、各コーナーは密接につながっている。その入口となるマゴッツは、グランドスタンドの向こう側に位置していたマゴッツ・ムーアに由来する。高速で進入しながらリズムよく切り返すこの区間は、ドライバーにとっても観客にとってもシルバーストン最大の見どころのひとつである。
■ ベケッツ(Becketts)
マゴッツに続くベケッツは、中世にこの地に存在した礼拝堂に由来する。この礼拝堂は、かつてのカンタベリー大司教トマス・ベケットを記念するものだった。ベケッツの名前はその歴史を今に伝えているが、礼拝堂そのものは1943年に飛行場を建設するため取り壊された。現在のベケッツは、左右にマシンを振りながら極めて高い空力負荷の中で通過する区間であり、F1マシンの性能とドライバーの正確性が問われる場所となっている。
■ チャペル(Chapel)
ターン14のチャペルも、ベケッツと同じくトマス・ベケットを記念した中世の礼拝堂に由来する。マゴッツ、ベケッツを抜けた後、ドライバーはこのチャペルを立ち上がり、ハンガー・ストレートへ向けて全開加速に入る。わずかなラインの乱れが長いストレートでの最高速やオーバーテイクの機会に直結するため、このセクションの出口はラップタイムにとって極めて重要になる。
■ ハンガー・ストレート(Hangar Straight)
チャペルを抜けると、シルバーストン屈指の高速区間であるハンガー・ストレートに入る。この名称も、サーキットの軍用飛行場としての過去に由来している。かつてこの場所には、航空機を格納するための大きなハンガーが2棟あり、そこからハンガー・ストレートと呼ばれるようになった。現在では長い全開区間として、ストウへ向けたオーバーテイクの大きなチャンスを生む場所となっている。
■ ストウ(Stowe)
ハンガー・ストレートの終端にあるターン15がストウである。高速から一気に減速して進入するこのコーナーは、攻略が難しいことで知られている。1999年のF1イギリスGPでは、ミハエル・シューマッハがこの付近でクラッシュし、右脚を骨折する事故が起きた。名称の由来については、地元の名門校ストウ・スクールに関連しているとされる。同校の元生徒たちが、使われなくなった飛行場でレースをするというアイデアを早くから提案していたともいわれており、現在のシルバーストンに毎年50万人規模の観客が訪れる姿を見れば、当時の関係者は大いに驚くかもしれない。
■ ベール(Vale)
ターン16のベールについては、名前の由来がはっきりしていない。ひとつの説では、コーナー付近にわずかな高低差があり、比較的平坦なシルバーストンの中ではそれが目立つため、谷や低地を意味する「Vale」と呼ばれるようになったとされる。一方で、この区間がエイルズベリー・ベール地区に含まれていたことに由来するという説もある。いずれにしても、ストウから最終セクションへ向かう流れの中で重要な役割を果たす低速区間である。
■ クラブ(Club)
シルバーストンのラップを締めくくるターン17/18はクラブと呼ばれる。この名称は、英国王立自動車クラブ(RAC)のロンドンにあるクラブハウスに由来する。RACとシルバーストンの深い関係は、英国GP優勝者に授与される伝統的な金色のトロフィーにも表れている。このトロフィーは表彰式後に返却されるもので、ドライバーには通常レプリカが贈られる。2025年には、そのレプリカが初めてLEGO製で作られ、ランド・ノリスのコレクションに加わる非常にユニークな一品となった。
シルバーストンのコーナー名には、単なる地名以上の意味がある。中世の修道院や礼拝堂、英国GPを開催してきた歴史的サーキット、RACとの関係、そして第二次世界大戦中の軍用飛行場としての記憶が、それぞれの名前に刻まれている。
高速コーナーの連続やオーバーテイクポイントに注目が集まりがちなシルバーストンだが、各コーナーの名前の由来を知ることで、F1イギリスGPの舞台をより深く楽しむことができる。
カテゴリー: F1 / F1イギリスGP
