F1 ブレンドン・ハートレー トロロッソ・ホンダ
トロロッソ・ホンダのブレンドン・ハートレーが、F1デビューからの1年を Honda Racing の公式サイトで振り返った。

昨年、2017年のUSGP、ブレンドン・ハートレーは少しの時差ボケを抱えながらサーキットへ到着した。米国アトランタで行われたプチ・ル・マンに参戦後、日本へ渡ってWEC(世界耐久選手権)富士ラウンドへ出場。その翌週にはまた米国オースティンへという過密スケジュールでF1デビューの日がやってきた。

もちろん、ブレンドン・ハートレーはトロロッソからF1で走れるというチャンス与えられ、このスケジュールでも不満はありませんでしたが、1年が経った今振り返ると、なかなかの試練だったと感じているようだ。

「今考えると、かなりシュールな状況でした。あれは怒涛の1カ月で、レースが毎週続き、何連戦したのかも覚えていません。しかも、毎戦違う大陸で、時差も大きかったし、WEC、F1、LMP2とカテゴリーもバラバラでした」

「そんな中で、今でもはっきり覚えているのは、初めてF1グランプリのグリッドについて、国歌斉唱を迎えたときのことです。あの光景は一生忘れないと思います」

「いかにもアメリカらしい大がかりなドライバー紹介があったんです。それをあまり気に入っていないドライバーもいたけど、僕にとっては初めての経験だったし、スモークの中から登場したときは、自分が主役になれた気がしてうれしかったですね」

27歳までF1デビューを待ち焦がれたブレンドン・ハートレーでなので、初めてマシンに乗り込んだときも感慨深かったのではと考えがちだ。ただ、実際のところは、テストなしでいきなりF1マシンに乗ることになり、FP1では感慨に浸る前に膨大なタスクに追われていたそうだ。

「それまでマシンに乗ったことがなかったので、やることがたくさんありました。しかも、たぶんスポイラーなどもろもろのセットアップが正しくなくて、窒息しそうになってしまいました(笑) F1マシンで時速300kmを出すととんでもない圧力がヘルメットにかかるので、それを解決するのに時間がかかった記憶がありますね」

「僕はそれまで長い間オープンコクピットのマシンには乗っていなかったのですが、F1マシンの空力を最適化するのは難しくて、ヘルメットもその一部でした。最初の周回はウエットでしたが、短い時間で本当に多くを学びましたね」

「それと、約30ページに及ぶドライバーマニュアルを読み込んだことも覚えています。ステアリングのボタンや、無線の操作、さまざまな手順が載っているんです。マシンを速く走らせるには、その前からたくさんの準備をしなければなりませんでした」

ブレンドン・ハートレーは、そこからすぐに速さを見せるようになり、2018年のレースシートを獲得。トロロッソがホンダと新たなパートナーシップを結成した初年度、自身にとっても新たなカテゴリーへの挑戦となり、WECチャンピオンから見ても、F1で浴びる注目はまた別のものだと感じたようだ。

「僕が今まで受けたものより、はるかに多くの注目を集めることになりました。WECのポルシェチームにいたときにル・マン24時間レースで同じような経験はしていましたが、同じく大きなプレッシャーがありました。でも、F1でのそれはまた違ったもので、いろいろな人がさまざまな角度から批評して、なかには本当のことを言っているのか怪しい人もいますからね」

「顕微鏡で隅々まで見られているような感覚で、どんなときも油断なりません。時には自分では分からないことにも対処を迫られます。今年の序盤3戦で、僕の行く末に疑問符が付けられました。長期の契約を結んでいるにもかかわらず、2~3戦で交代させられるなんて言う人もいたんですよ。居心地のいい状況とは言えませんでしたね」

「早いタイミングでそんなプレッシャーにさらされるのがフェアだとは思いません。でも、それによって強さを増すことができたとも言えます」

「結果が出せていない中でも、自分はF1ドライバーにふさわしいと感じていましたし、成長しているとも思っていました。でも、それは理想的なシナリオとは考えていませんでした。ただ、一戦ごとに多くを学び、どんどん力をつけている実感はあったんです。時には不運に見舞われ、フラストレーションが溜まることもありましたが、自信を持てることも多くありました」

ブレンドン・ハートレーはバクー(アゼルバイジャン)で初ポイントを獲得したが、それよりも数戦後のカナダや、先日の鈴鹿での予選での走りの方が印象に残っていると話す。

「カナダの予選結果は、自分にとって大きいものでした。いろいろな噂が話題になっていた最中で、初めて予選でチームメートを上回り、0.5秒差をつけたんです。“どうだ、僕はできるんだ。君たちがプレッシャーをかけても結果を出せるんだぞ”ということが示せたと感じました。でも、レースはランス・ストロール(ウイリアムズ)と接触して不運にも1周目で終わってしまいましたが…」

「あとは、難しいコンディションで行われたブダペスト(ハンガリー)のQ2ですね。少し問題があって遅れてコースインしたのですが、雨が強まってどんどん悪化していくコンディションの中で、フェルナンド・アロンソ(マクラーレン)とダニエル・リカルド(レッドブル)を上回ってQ3へ進んだんです。あれはすばらしいラップでしたね」

「そして、もう一つ、ホンダのホーム・鈴鹿の大観衆の中で予選6番手を獲得したときは、最高の気分でした。またもや雨で難しい状況の中、“少しのミスもできない”という緊張感は、気持ちのいいものでした。残念ながらレースでは僕ら2台ともタイヤに苦しみ、順位を落とす結果となってしまいましたが。でも、これらの瞬間が、僕にとって今季ここまでのハイライトだと思います。もちろん、悪い場面もあったし、なかには僕がコントロールできないことが原因のものも含まれます。ただ、今年の初めよりも、明らかによくなっていると思います」

タイヤの問題は、ブレンドン・ハートレーがF1と他カテゴリーが大きく違うと感じることの一つだった。ブレンドン・ハートレーは、その点がこの1年で成長してドライビングに活かされている点だと考えているが、コース外で学んだことも大きいようだ。

「正直なところ、うまくいったレースも失敗したものもありますが、前を向いて振り返らないのが僕のスタイルです。だから、今この瞬間は、今週末すべきことに集中して、願わくばいい結果を得たいですね」

「そうすることが今年の僕の戦略でした。終わったレースで何ができたかを気にするのではなく、次に迎えるレースに集中し、目の前のタスクをこなしていくんです」

今年の1月には長年交際していたサラさんと結婚し、ブレンドン・ハートレーにとってはまさに嵐のような1年だった。しかし、コース内外でさまざまな経験をしたからといって、それが彼の性格まで変えてしまうことはないと語る。

「僕はそんなに変わっていないつもりです。15歳で故郷を離れてヨーロッパで暮らしてきました。もちろん年々成長を重ねていますが、自分のルーツは忘れていません。変わらぬ価値観を持ち続けています。サラとは長い間一緒に過ごしてきて、苦しいときも楽しいときも共有してきました。それは、僕が一人の人間として大切にしていることなんです」

「特にプライベートの部分は変わっていないんじゃないかな。僕はすごく単純な男で、マウンテンバイクやロードバイクに乗るのが大好きな一般人なんですよ。だから、F1ドライバーだからといってそれをひけらかしたりしないし、F1という非日常の世界で暮らす中で、比較的普通の感覚を持っていたいなと思います」

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カテゴリー: ブレンドン・ハートレー | トロロッソ | ホンダF1