アロンソ ブラウンGP
元ブラウンGPとメルセデスのCEOを務めたニック・フライは、フェルナンド・アロンソが2008年にホンダのオファーを断り、結果として2009年にタイトルを獲得したブラウンGPでタイトル争いをして、その後メルセデスの一員になるチャンスを逃したと述べた。

「フェルナンドは2009年にニック・ブラウンとロス・ブラウンのために走っているべきだった。そうしていれば、彼は今日、4度のワールドチャンピオンだっただろう」とニック・フライはスペインで開催されたMABSで述べた。

「フェルナンドは失われた才能の一人かもしれない。彼がもっと良い決断をしていれば、彼ははるかに良いドライバーになっていただろう」

2007年にマクラーレンと対立したフェルナンド・アロンソは、2008年にむけたマーケットに出ていた。そして、アロンソは2005年と2006年に2度のタイトルを獲得したルノーへの復帰を決断した。

2008年、ロス・ブラウンはF1でホンダを一大勢力へと変えようとしており、フェルナンド・アロンソは獲得リストのトップに名を連ねていた。

その年のベルギーGPで、ホンダはフェルナド・アロンソにオファーしたことは明らかだった。ロス・ブラウンは「我々はとにかく(フェルナンド・アロンソを)待つ。私の見解では彼は現時点でベストであり、彼が我々のためにポジティブな決断をしてくれることを待ち、望んでいる」と述べていた。

「経験と能力のバランスと言う点で彼はF1で最高のドライバーだと思う。F1でこれまで自分自身を確立させている3人のとても速いドライバーがいる。ルイス・ハミルトン、キミ・ライコネン、そして、フェルナンドだ」

「我々は力強い再建プロセスを進めており、我々の立場でチームとしてその3人を見れば、力強い開発能力、経験、絶対的なスピードのあるドライバーが必要だ。フェルナンドはその全てを兼ね備えている」

ホンダは2008年末にF1から撤退し、ロス・ブラウンがチームを買収してブラウンGPを設立。ホンダが造り上げたマシンにメルセデスのエンジンを搭載。フェルナンド・アロンソに断られた後、2008年のドライバーだったジェンソン・バトンとルーベンス・バリチェロがそのまま残留してダブルタイトルを獲得。

2009年末にロス・ブラウンはチームをメルセデスに売却した。その後、メルセデスはルイス・ハミルトンが2回、ニコ・ロズベルグが1回のワールドチャンピオンを獲得するF1での最大勢力となった。

実際にフェルナンド・アロンソは2008年にレッドブルからのオファーも断っている。レッドブルは2010年からセバスチャン・ベッテルがタイトルを4連覇している。

当時ルノーの代表を務めていたフラビオ・ブリアトーレにとって管理されていたフェルナンド・アロンソは、ルノーで2年間不遇のシーズンを過ごし、2010年にフェラーリへと移籍。2015年にマクラーレン・ホンダに復帰したフェルナンド・アロンソの現状は見ての通り。時代の波に乗れなかったことを示すことになった。

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カテゴリー: フェルナンド・アロンソ | ブラウンGP