フェルナンド・アロンソ
フェルナンド・アロンソ (Fernando Alonso)
所属:スクーデリア・フェラーリ・マールボロ
カーナンバー:5
国籍:スペイン
生年月日:1981年7月29日

フェルナンド・アロンソ プロフィール

フェルナンド・アロンソは1981年7月21日、スペイン、オビエドで生まれる。

父のホセ・ルイスは爆発物取扱い技師だが、子供時代にはレーシング・カートに憧れ、その忘れ難い想いで自らカートを作り上げて長女のロレーナが8歳の時にそのハンドルを握らせた。しかし、その試みは成功とは言えなかった。このため、この時まだ3歳だった幼いアロンソに順番が回って来た。ここから始まったキャリアがアロンソを2005年、2006年のF1ワールド・チャンピオンシップのタイトルに導いたのだが、今年は、このスペイン人ドライバーはスクーデリア・フェラーリ・マールボロ・チームのドライバー・ラインアップに加わることになりなった。

公式記録に残るアロンソの初優勝は1988年6月、ポーラ・デラビアーナのレースで、アストゥリアス・チャンピオンシップのイベントの一部であるジュニア・クラスのカテゴリーにデビューした時の事。アロンソは残り7レースに勝利し、自身初のタイトルを獲得した。続く2年間には、アストゥリアス、ナバーラ、バスクの地方シリーズで更に勝利を重ね、1991年にはスペインのナショナル・シリーズに参戦を果たした。1993年から1996年までアロンソはスペインのジュニア・チャンピオンに輝いた。その上、国際レベルのイベントでも得点を挙げられるようになり、 95年のワールド・チャンピオンシップでは3位、翌年には1位となったの。1997年には若きアロンソは、母国とイタリアでインターAカテゴリーのタイトルを獲得。このタイトルは1998年にも獲得したが、その年、ヨーロッパ・チャンピオンシップでも2位の成績を挙げた。その年の10月、アロンソは初めて本物のレーシング・カーをドライブ。 エイドリアン・カンポスがアルバセテで、アロンソに3日間フォーミュラ・ニッサンのステアリングを握らせたのだが、このテストの最後には、数日前に同じマシンを駆ってポール・ポジションを獲得したマルク・ジェネに迫るタイムを叩き出した。このパフォーマンスによって、アロンソはカンポス・チームで翌年のユーロ・オープン・チャンピオンシップのシートを獲得し、シリーズを楽々と制覇した。

1999年12月13日アロンソはヘレス・サーキットで行われたミナルディ・チームのテスト・セッションで初めてフォーミュラ1のドライブを経験した。この若くて希望に溢れるスペイン人ドライバーは簡単に最高タイムをマーク。2000年には、アロンソはF3000シリーズに参戦し、シーズン4位となったが、最も難しいサーキット、すなわちスパでは勝利を飾った。この時、ミナルディ・チームはアロンソと翌年のフォーミュラ1シリーズの契約を結んだ。

2002年にはアロンソのマネージャーであるフラビオ・ブリアトレーがルノー・チームのテスト・ドライバーのシートを確保し、この経験はアロンソが翌シーズンこのフランスのチームのレース・ドライバーとなった後、貴重なものとなった。この年、アロンソは目覚ましい成績を挙げ、セパンではポール・ポジション、バルセロナでは2位フィニッシュ、ハンガリーで優勝、そして、シーズンを6位で終えた。 2004年にはその地位を不動のものとした後、2005年には最初のタイトルを獲得したが、チャンピオン争いはともに7勝を挙げたマクラーレンのキミ・ライコネンとの間で最終戦ブラジル・グランプリまでもつれた。12ヶ月後にはやはりブラジルで2度目のタイトルに輝いたが、その年のライバルはフェラーリのミハエル・シューマッハだった。

2007年、アロンソはマクラーレンに移籍したが、よく知られているようにその決断は早計だったと言える。アロンソはグランプリで4回優勝したが、チームメートのハミルトン、フェラーリのライコネンと三つ巴の戦いを繰り広げ、最後はライコネンのタイトル獲得という結果となった。

アロンソの2度目のルノー・チーム在籍は成功とは言い難いものだった。 2008年は開幕では躓いたものの、シンガポールと富士で2回の素晴らしい勝利を挙げシーズンを終わった。2009年は不調に終わり、チャンピオンシップは9位の成績だった。

9月30日、アロンソのフェラーリ移籍と2012年シーズンまでの契約が発表された。

フェルナンド・アロンソ 経歴

2011年:スクーデリア・フェラーリ・マールボロ ドライバー
2010年:スクーデリア・フェラーリ・マールボロ ドライバー
2009年:ING ルノー F1チーム ドライバー
2008年:ING ルノー F1チーム ドライバー
2007年:ボーダフォン・マクラーレン・メルセデス・ドライバー
2006年:ルノーF1チーム:F1世界チャンピオン、134ポイント、優勝:バーレーン、オーストラリア、スペイン、モナコ、英国、カナダ、日本、2位:マレーシア、サンマリノ、ヨーロッパ(ニュルブルクリンク)、フランス、トルコ、中国、ブラジル
2005年:ルノーF1チーム:F1世界チャンピオン、133ポイント(24歳59日のワールドタイトル獲得は史上最年少)、優勝:マレーシア、バーレーン、サンマリノ、ヨーロッパ(ニュルブルクリンク)、フランス、ドイツ、中国、2位:スペイン、英国、トルコ、イタリア、ベルギー、3位:オーストラリア、ブラジル、日本
2004年:ルノーF1チーム:ランキング4位、59ポイント、2位:フランス、3位:オーストラリア、ドイツ、ハンガリー
2003年:ルノーF1チーム:ランキング6位、55ポイント、優勝:ハンガリー(22歳1ヶ月のGP優勝は史上最年少)、2位:スペイン、3位:マレーシア、ブラジル。マレーシアでキャリア初のポールポジション(21歳のポールポジション獲得は史上最年少)
2002年:ルノーF1チーム:テストドライバー
2001年:ミナルディF1:ドイツGPにて10位入賞
2000年:F3000選手権:ランキング4位、スパフランコルシャンの優勝を含む表彰台3回、ポールポジション1回
1999年:ユーロオープン選手権:シングルシーター・デビューイヤーに同選手権タイトルを獲得、6勝、ポールポジション9回
1998年:カート・インターAクラス:スペイン・チャンピオン、パリ・ベルシ・トロフィー優勝、インダストリー・トロフィー(イタリア)優勝、オープン・フォード・トロフィー優勝
1997年:カート・インターAクラス:スペイン・チャンピオン、イタリア・チャンピオン、欧州選手権:9勝、ポールポジション1回
1996年:カート・ジュニアクラス:世界チャンピオン、スペイン・チャンピオン、エスティヴァル・トロフィー(イタリア)優勝
1995年:カート・ジュニアクラス:スペイン・チャンピオン、世界選手権ランキング3位
1994年:カート・ジュニアクラス:スペイン・チャンピオン
1993年:カート・ジュニアクラス:スペイン・チャンピオン
1991年:カート・カデットクラス:スペイン選手権ランキング2位
1990年:カート・カデットクラス:アストゥリア/バスク・チャンピオン
1989年:カート・ルーキークラス:アストゥリア/ガリシア・チャンピオン
1988年:カート・ルーキークラス:アストゥリア/ガリシア・チャンピオン
1984年:3歳にてカートを初体験


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カテゴリー: フェルナンド・アロンソ | フェラーリ | F1ドライバー