角田裕毅 フランツ・トストの厳格な育成による成長とレッドブルF1昇格
角田裕毅は、F1ドライバーとしての過酷な生活を好んでいるわけではない。

というのも、人生の夢について尋ねられた際、角田裕毅は「自分のレストランを開きたい」と語った。それでもなお、角田はF1の世界で努力を続け、いつの日かチャンピオンドライバーになれるよう自分を鍛えていかなければならない。

角田裕毅がレッドブル傘下に入り、2021年にアルファタウリ(現レーシング・ブルズ)へ昇格したとき、角田は今のように完成された存在ではなかった。ファエンツァに本拠を置くチームの経験豊かなリーダーやエンジニアたちは、厳格なスケジュールや育成プログラムを通して、原石であった角田を磨き上げた。

当時のチーム代表であるフランツ・トストは、角田が抱えていた規律面での問題をよく理解しており、それゆえ彼をF1にふさわしい状態にするために、組織だった計画を立てる必要があったという。

感情的な爆発を起こしやすかった角田に対して、トストはその荒々しさを矯正し、彼の「もろい」規律を整えることが重要だと感じていた。そして、これまでにも多くの若手ドライバーを指導してきた経験から、角田にも同様の対応を取ったのだった。

「柔軟でなければならない。ドライバーたちとどう協力するのか、どこに強みや弱みがあるのかを見極めなければならない」と、トストは『Inside Line F1』ポッドキャストで語り、角田のために用意した「厳しい計画」の内容を明かした。

角田は、ファエンツァで朝7時30分に朝食をとったあと、最初のジムセッションとして1時間半のトレーニングを行っていた。その後、エンジニアとのミーティングを経て、午後に昼食をとるというスケジュールだった。

その後、当時英語力が不十分だった角田は英語の授業も受けていたとトストは明かしている。夕方には2回目のジムセッションがあり、その後は早く就寝することで一日を締めくくっていた。このようなスケジュールは角田に影響を与え、「F1ドライバーとして、このような規律を生活に取り入れる必要がある」と彼が理解するようになったという。

角田裕毅 レッドブル F1

この2年間で、24歳となった角田は、コックピット内での怒りのコントロールも身につけてきた。以前は、レース中のバトルや緊迫した状況で感情を爆発させがちだったが、ダニエル・リカルドとのチームメイト経験が冷静さを養う助けとなり、そうした感情的な爆発は減ってきていると角田自身も感じている。

このような改善や、ここ1~2年でのパフォーマンス向上にもかかわらず、角田は2025年シーズンのレッドブル本家のシートを最初は逃してしまった。ただし、リアム・ローソンの深刻なパフォーマンス不足によって、角田はミルトン・キーンズのチームで走るチャンスを掴むことになった。

今、角田はこれまでに培ったすべての学びと身につけた規律を実践し、レッドブルのシートを長期的に維持するために、それらを最大限に活かす必要がある。

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カテゴリー: F1 / 角田裕毅 / レッドブル・レーシング