レッドブル・ホンダF1特集:レースエンジニアが果たす役割
レースエンジニアは近年知名度が大きく高まっているチームメンバーのひとりだが、彼らは一体何者で、何をしているのだろうか? レッドブル・ホンダF1が特集した。
今から20年前、世の中に存在が知られているF1チームのメンバーはごく僅かだった。顔と名前が一致するのはドライバー、チームプリンシパル、あとはテクニカルディレクター(ロス・ブラウンかエイドリアン・ニューウェイ)くらいで、残りは “シャツを着た背景” でしかなかった。しかし、今は違う。
テレビ中継チームのアクセスエリアの拡大、各F1チームのオンラインチャンネルの配信、ドキュメンタリーシリーズの製作のためには、より多くのチームメンバーを追いかけ、彼らから話を聞かなければならない。そのため、今年からいきなり変わったわけではないが、2021シーズンはチームマネージャー、ナンバーワンメカニック、ストラテジスト、レースエンジニアなどの顔と名前がかなり広く知られるようになっている。
しかし、レースエンジニアは「顔」よりも「声」の方が知られている確率が高い。
レースウィークエンドにおけるピット−マシン間の無線連絡がF1中継の定番シーンのひとつになったことで、レースエンジニアたちの(通常は)落ち着いている声は自宅からF1観戦を楽しんでいるファンにとって聴き慣れたものになっている。しかし、ドライバーたちにプッシュ、ピットイン、集中などを指示することだけが彼らの仕事ではない。
レースエンジニアの主な仕事は、マシンとドライバーのパフォーマンスを引き出すことと、チームとドライバーのコミュニケーションの橋渡しになることだ。また、ガレージでのマシンセットアップと予選のオペレーションを管理するのも彼らの仕事になる。さらに言えば、ドライバーにアドバイスや自信を与え、彼らの意見に耳を傾けるのも彼らの仕事だ。レースエンジニアの仕事は多岐に渡るのだ。
レースエンジニアの進化
プロフェッショナルモータースポーツには、マシンのメカニカルセットアップを担当する人物が必ず存在する。F1におけるその人物、レースエンジニアは時間と共に進化を遂げてきた。F1チームがまだ小規模だった頃のレースエンジニアは片手間の仕事に近く、エイドリアン・ニューウェイやフランク・ウィリアムズたちが兼任していた。
その後、F1が巨大化していくと、レースエンジニアはフルタイムの仕事、さらにはそれ以上の仕事となっていった。F1マシンから様々なデータが取り出せるようになると、レースエンジニアの仕事はひとりではこなせない量になり、複数で担当するようになった。現在は、チームによって人数と担当業務は異なるものの、レースエンジニアをパフォーマンスエンジニアがサポートする2人体制が基本となっている。
レッドブル・レーシングのシミュレーション・エンジニアリングのグループリーダーを担当するサイモン・レニーはマーク・ウェバー、ダニエル・リカルド、そしてアレックス・アルボンのレースエンジニアを務めてきた。ロータス(ルノー)でフェルナンド・アロンソ、ロバート・クビサ、キミ・ライコネンと仕事をしたあとレッドブル・レーシングへ移ったレニーは次のように説明する。
「パフォーマンスエンジニアはマシンの電子系セットアップを担当し、ディファレンシャルの設定、ブレーキバランスの調整、電子制御システムとそのマッピングを見ています。彼らのタスクには大量の微調整が含まれています。彼らがこのような仕事をしてくれるおかげで、レースエンジニアはマシンの物理的なセットアップ、つまりウイングレベル、最低地上高、ロールバーなどの調整に時間を費やせるのです。また、レースエンジニアはタイヤ、マシンの適法性、各パーツの製造過程なども確認しています」
パフォーマンスエンジニアとして働いたあと、レースエンジニアを一時的に任され、その仕事ぶりが評価されて正レースエンジニアに昇格するというのはF1では良く見られるキャリアパスだ。たとえば、セルジオ・ペレスのレースエンジニアを担当するヒュー・バードは、2020シーズンにマックス・フェルスタッペンのパフォーマンスエンジニアを担当したあと、サイモンから現職を引き継いだ。
情報集積
ほとんどのチームのレースエンジニアは決勝レースでピットウォールに陣取るが、レースウィークエンドのその他の時間ではマシン横のワークステーションに陣取る。彼らはここでドライバーと会話を交わしているのだが、最も重要なのはナンバーワンメカニックとの会話だ。チーム全員が無線で連絡を取り合っているが、言葉を介さないコミュニケーションや肉眼でのマシンの確認には大きな価値がある。
ガレージにマシンが停車されている間は、パフォーマンスエンジニアとレースエンジニアがドライバーと会話している様子が頻繁に確認される。また、レースエンジニアは他のチームメンバーとも会話をしている。ガレージではメカニック、またはタイヤ / 燃料 / ボディワークテクニシャン、コントロール / システムエンジニアたちとの会話も交わされ、ファクトリーのオペレーションルームではストラテジストやエンジニアと会話をしている。
マシンがサーキットを走行している間は、特別なことが起きない限り、レースエンジニアがドライバーとコミュニケーションを取る唯一のチームメンバーになる。まず、他のチームメンバーからのフィードバックや情報がレースエンジニアの元へ集められ、次に、レースエンジニアがそれらの情報やマシンとパワーユニットの設定変更をドライバーに伝える。
しかし、レースエンジニアの元に集まってくる情報の大半は、レースエンジニア本人がレースの全容を掴み、的確な判断を下すためのものだ。その中の何割をドライバーに伝えるのかは、レースやドライバーによって異なってくる。
パフォーマンスの追求
レースウィークエンドのプラクティスで特定のマシンの進捗を追っていけば、大抵の場合、ラップタイムが順調に短くなっていく様子が確認できる。タイヤのラバーが路面に付着してグリップが向上した結果のときもあるが、大抵はドライバーとエンジニアの微調整の結果だ。まさに科学とF1の交わる瞬間と言って良いだろう。プラクティスでのレースエンジニアは理論上の最適値とドライバーの快適さの妥協点を探し求めることになる。
おそらく、このようなパフォーマンス向上の最大の要因はブレーキングのタイミングを遅らせ、縁石に乗り上げ、マシンを限界までプッシュできるようになるドライバーの自信の深化だろう。しかし、このようなドライビングはマシンが本来備えているスピードを多少犠牲にするため、マシンの性能を限界まで引き出せなくなる可能性がある。
調整プロセスが多少厄介になるのはここだ。調整はドライバーからのフィードバックを元に進めていくのだが、ドライバーはロボットではない。つまり、彼らのコメントをレースエンジニアが数値化しなければならないのだが、大抵の場合、ドライバーのコメントは数字を使った明確なものではない。そこで、彼らの言葉を “翻訳” したり、言葉の外側を察したりすることができる深い洞察力を備えた優秀なレースエンジニアが必要になる。その洞察力はデータから得られるときもあるが、大抵はドライバーとの強固な関係を築くことで得られる。そのため、ドライバーたちと彼らが最も信頼を置くエンジニアの関係はF1チームにおいて非常に特殊なものになる場合が多い。
レニーは次のように説明している。「たとえば、ドライバー2人が同じフィーリングを得ていても、彼らは完全に違う言語や完全に異なる方法で表現します。ですので、彼らが何を言おうとしているのかを理解できるようになるまでは時間がかかります。エンジニアたちが仕事を進めるためには、彼らの言葉をエンジニアリングの言葉に置き換える必要があります。ドライバーはドライバーだけが理解できる言葉でドライビングを説明する場合が非常に多いので、彼らが何を言おうとしているのかを理解することが私たちの労力の半分を占めています。残り半分は、マシンのバランスやスピードアップなど、彼らが必要としていることを探り当てることです」
“ロッキー” の愛称で知られ、ヘッド・オブ・レースエンジニアリングを担当するギヨーム・ロケリンはマシン2台それぞれのエンジニアリングチームの間を取り持つ橋渡し役のような存在だ。2006シーズンからレッドブル・レーシングに在籍するロケリンは、デビッド・クルサードやセバスチャン・ベッテルのレースエンジニアを長年務めてきた。
ロケリンは次のように説明する。「デビッド・クルサードとセバスチャン・ベッテルのレースエンジニアはどちらもタスクは同じですが、アプローチは大きく異なります。チーム加入直後にデビッドのレースエンジニアを担当しましたが、彼は経験豊かでしたので、あまり苦労はしませんでしたね。他のドライバーやメディア、FIAとのコミュニケーションにおいて私の出番はほとんどありませんでした」
「彼はF1で14シーズンを戦っていたので隅から隅まで理解していましたし、ドライバーインターフェイスのセットアップにおいても自分が求めていることをピンポイントで理解していましたね。デビッドからの一方的なコミュニケーションだったわけではありませんが、彼がマシンに求めていることを確実に用意することが当時の私の仕事でした」
「デビッド引退後は、セバスチャンの担当になりましたが、デビッドの時よりもオープンな関係になりました。加入当時のセバスチャンはまだ若かったので、メディア対応やFIAとのやり取りなど、F1の多くを学ぶ必要がありました。ですので、私が率先して彼の仕事の一部を担ったり、彼にアドバイスを送ったりするときがありました。当然ですが、このようなケースはデビッドでは絶対になかったですね」
必要な情報のみを伝える
今やドライバーとの無線連絡はF1中継の定番シーンになっているが、このシーンが増えていった結果、レースエンジニアの仕事が情報をドライバーに提供するだけではないことが明らかになっている。もちろん、ドライバーへの情報提供は不可欠な仕事だが、意外なことに、ドライバーの気分を上手く乗せてマシンのスピードを引き出すことも彼らの仕事のひとつだ。
F1では、感情抜きの純粋な情報を元に自分の任務を遂行していくドライバーがいる一方、レースエンジニアから励まされることでパフォーマンスが向上するドライバーもいる。
つまり、レースエンジニアは情報提供が逆効果になってしまうタイミングを理解しておく必要があるのだ。たとえば、すでに限界までプッシュしているタイミングでレースエンジニアから「もっと飛ばせ」と指示されれば、ドライバーはやる気を削がれてしまう。また、ペナルティ発生はすぐに伝えない方がベターで、ドライバーがマシンに慣れてきたタイミングでセッティングの変更を指示すればリズムが崩れてしまう。タイミングを見極める能力が必要なのだ。
奇妙なコンビ
ドライバーとレースエンジニアの関係の魅力のひとつは "個性の衝突" だ。多くのコンビがこのことを否定し、お互い非常にコンペティティブなだけで、常に同じアイディアを共有できていると強調するが、外側から見た2人の関係のイメージは「ドライバーが無線でレースエンジニアを怒鳴りつけているシーン」に集約されがちだ。
この時のレースエンジニアはドライバーの怒りを受け流しながら冷静に対応し、感情を込めずに「今のドライビングをキープしよう」、または「ブレーキバランスを少しだけ調整しよう」などと指示することで、ドライバーの集中を保たなければならない。
実は、ドライバーとレースエンジニアの無線コミュニケーションは概ね良好だ。しかし、F1はドラマティックなスポーツであり、重要な局面を迎えた2人の関係がそのドラマをさらに盛り上げるケースは多い。その代表例が、ドライバーがレースエンジニアに皮肉たっぷりの文句を無線で伝えるシーンだ。
しかし、これはレースウィークエンド全体の2人の関係を反映しているわけではない。たとえば、ベッテルに「獲得できるポイントはすべて獲得したこと」を伝えることに多くの時間を費やした経験を持つロケリンは、「基本的にはドライバーが必要としている情報を提供するだけです」と説明している。
しかし、レニーのレースエンジニアとしての経験はドラマティックで、おそらくロケリンのそれよりも世間のイメージに近い。レニーがロータスでキミ・ライコネンのレースエンジニアを務めていた2012シーズンは、彼とライコネンの無線でのやり取りがインターネット上で大きな話題になった。果たしてあの当時のライコネンは自分がやるべき仕事を理解していたのだろうか?
レニーは大きくニヤリと笑うと次のように回答している。「答えは “イエス” ですが… もう少し良い成績を残せたと思いますよ!」
カテゴリー: F1 / レッドブル・レーシング / ホンダF1
今から20年前、世の中に存在が知られているF1チームのメンバーはごく僅かだった。顔と名前が一致するのはドライバー、チームプリンシパル、あとはテクニカルディレクター(ロス・ブラウンかエイドリアン・ニューウェイ)くらいで、残りは “シャツを着た背景” でしかなかった。しかし、今は違う。
テレビ中継チームのアクセスエリアの拡大、各F1チームのオンラインチャンネルの配信、ドキュメンタリーシリーズの製作のためには、より多くのチームメンバーを追いかけ、彼らから話を聞かなければならない。そのため、今年からいきなり変わったわけではないが、2021シーズンはチームマネージャー、ナンバーワンメカニック、ストラテジスト、レースエンジニアなどの顔と名前がかなり広く知られるようになっている。
しかし、レースエンジニアは「顔」よりも「声」の方が知られている確率が高い。
レースウィークエンドにおけるピット−マシン間の無線連絡がF1中継の定番シーンのひとつになったことで、レースエンジニアたちの(通常は)落ち着いている声は自宅からF1観戦を楽しんでいるファンにとって聴き慣れたものになっている。しかし、ドライバーたちにプッシュ、ピットイン、集中などを指示することだけが彼らの仕事ではない。
レースエンジニアの主な仕事は、マシンとドライバーのパフォーマンスを引き出すことと、チームとドライバーのコミュニケーションの橋渡しになることだ。また、ガレージでのマシンセットアップと予選のオペレーションを管理するのも彼らの仕事になる。さらに言えば、ドライバーにアドバイスや自信を与え、彼らの意見に耳を傾けるのも彼らの仕事だ。レースエンジニアの仕事は多岐に渡るのだ。
レースエンジニアの進化
プロフェッショナルモータースポーツには、マシンのメカニカルセットアップを担当する人物が必ず存在する。F1におけるその人物、レースエンジニアは時間と共に進化を遂げてきた。F1チームがまだ小規模だった頃のレースエンジニアは片手間の仕事に近く、エイドリアン・ニューウェイやフランク・ウィリアムズたちが兼任していた。
その後、F1が巨大化していくと、レースエンジニアはフルタイムの仕事、さらにはそれ以上の仕事となっていった。F1マシンから様々なデータが取り出せるようになると、レースエンジニアの仕事はひとりではこなせない量になり、複数で担当するようになった。現在は、チームによって人数と担当業務は異なるものの、レースエンジニアをパフォーマンスエンジニアがサポートする2人体制が基本となっている。
レッドブル・レーシングのシミュレーション・エンジニアリングのグループリーダーを担当するサイモン・レニーはマーク・ウェバー、ダニエル・リカルド、そしてアレックス・アルボンのレースエンジニアを務めてきた。ロータス(ルノー)でフェルナンド・アロンソ、ロバート・クビサ、キミ・ライコネンと仕事をしたあとレッドブル・レーシングへ移ったレニーは次のように説明する。
「パフォーマンスエンジニアはマシンの電子系セットアップを担当し、ディファレンシャルの設定、ブレーキバランスの調整、電子制御システムとそのマッピングを見ています。彼らのタスクには大量の微調整が含まれています。彼らがこのような仕事をしてくれるおかげで、レースエンジニアはマシンの物理的なセットアップ、つまりウイングレベル、最低地上高、ロールバーなどの調整に時間を費やせるのです。また、レースエンジニアはタイヤ、マシンの適法性、各パーツの製造過程なども確認しています」
パフォーマンスエンジニアとして働いたあと、レースエンジニアを一時的に任され、その仕事ぶりが評価されて正レースエンジニアに昇格するというのはF1では良く見られるキャリアパスだ。たとえば、セルジオ・ペレスのレースエンジニアを担当するヒュー・バードは、2020シーズンにマックス・フェルスタッペンのパフォーマンスエンジニアを担当したあと、サイモンから現職を引き継いだ。
情報集積
ほとんどのチームのレースエンジニアは決勝レースでピットウォールに陣取るが、レースウィークエンドのその他の時間ではマシン横のワークステーションに陣取る。彼らはここでドライバーと会話を交わしているのだが、最も重要なのはナンバーワンメカニックとの会話だ。チーム全員が無線で連絡を取り合っているが、言葉を介さないコミュニケーションや肉眼でのマシンの確認には大きな価値がある。
ガレージにマシンが停車されている間は、パフォーマンスエンジニアとレースエンジニアがドライバーと会話している様子が頻繁に確認される。また、レースエンジニアは他のチームメンバーとも会話をしている。ガレージではメカニック、またはタイヤ / 燃料 / ボディワークテクニシャン、コントロール / システムエンジニアたちとの会話も交わされ、ファクトリーのオペレーションルームではストラテジストやエンジニアと会話をしている。
マシンがサーキットを走行している間は、特別なことが起きない限り、レースエンジニアがドライバーとコミュニケーションを取る唯一のチームメンバーになる。まず、他のチームメンバーからのフィードバックや情報がレースエンジニアの元へ集められ、次に、レースエンジニアがそれらの情報やマシンとパワーユニットの設定変更をドライバーに伝える。
しかし、レースエンジニアの元に集まってくる情報の大半は、レースエンジニア本人がレースの全容を掴み、的確な判断を下すためのものだ。その中の何割をドライバーに伝えるのかは、レースやドライバーによって異なってくる。
パフォーマンスの追求
レースウィークエンドのプラクティスで特定のマシンの進捗を追っていけば、大抵の場合、ラップタイムが順調に短くなっていく様子が確認できる。タイヤのラバーが路面に付着してグリップが向上した結果のときもあるが、大抵はドライバーとエンジニアの微調整の結果だ。まさに科学とF1の交わる瞬間と言って良いだろう。プラクティスでのレースエンジニアは理論上の最適値とドライバーの快適さの妥協点を探し求めることになる。
おそらく、このようなパフォーマンス向上の最大の要因はブレーキングのタイミングを遅らせ、縁石に乗り上げ、マシンを限界までプッシュできるようになるドライバーの自信の深化だろう。しかし、このようなドライビングはマシンが本来備えているスピードを多少犠牲にするため、マシンの性能を限界まで引き出せなくなる可能性がある。
調整プロセスが多少厄介になるのはここだ。調整はドライバーからのフィードバックを元に進めていくのだが、ドライバーはロボットではない。つまり、彼らのコメントをレースエンジニアが数値化しなければならないのだが、大抵の場合、ドライバーのコメントは数字を使った明確なものではない。そこで、彼らの言葉を “翻訳” したり、言葉の外側を察したりすることができる深い洞察力を備えた優秀なレースエンジニアが必要になる。その洞察力はデータから得られるときもあるが、大抵はドライバーとの強固な関係を築くことで得られる。そのため、ドライバーたちと彼らが最も信頼を置くエンジニアの関係はF1チームにおいて非常に特殊なものになる場合が多い。
レニーは次のように説明している。「たとえば、ドライバー2人が同じフィーリングを得ていても、彼らは完全に違う言語や完全に異なる方法で表現します。ですので、彼らが何を言おうとしているのかを理解できるようになるまでは時間がかかります。エンジニアたちが仕事を進めるためには、彼らの言葉をエンジニアリングの言葉に置き換える必要があります。ドライバーはドライバーだけが理解できる言葉でドライビングを説明する場合が非常に多いので、彼らが何を言おうとしているのかを理解することが私たちの労力の半分を占めています。残り半分は、マシンのバランスやスピードアップなど、彼らが必要としていることを探り当てることです」
“ロッキー” の愛称で知られ、ヘッド・オブ・レースエンジニアリングを担当するギヨーム・ロケリンはマシン2台それぞれのエンジニアリングチームの間を取り持つ橋渡し役のような存在だ。2006シーズンからレッドブル・レーシングに在籍するロケリンは、デビッド・クルサードやセバスチャン・ベッテルのレースエンジニアを長年務めてきた。
ロケリンは次のように説明する。「デビッド・クルサードとセバスチャン・ベッテルのレースエンジニアはどちらもタスクは同じですが、アプローチは大きく異なります。チーム加入直後にデビッドのレースエンジニアを担当しましたが、彼は経験豊かでしたので、あまり苦労はしませんでしたね。他のドライバーやメディア、FIAとのコミュニケーションにおいて私の出番はほとんどありませんでした」
「彼はF1で14シーズンを戦っていたので隅から隅まで理解していましたし、ドライバーインターフェイスのセットアップにおいても自分が求めていることをピンポイントで理解していましたね。デビッドからの一方的なコミュニケーションだったわけではありませんが、彼がマシンに求めていることを確実に用意することが当時の私の仕事でした」
「デビッド引退後は、セバスチャンの担当になりましたが、デビッドの時よりもオープンな関係になりました。加入当時のセバスチャンはまだ若かったので、メディア対応やFIAとのやり取りなど、F1の多くを学ぶ必要がありました。ですので、私が率先して彼の仕事の一部を担ったり、彼にアドバイスを送ったりするときがありました。当然ですが、このようなケースはデビッドでは絶対になかったですね」
必要な情報のみを伝える
今やドライバーとの無線連絡はF1中継の定番シーンになっているが、このシーンが増えていった結果、レースエンジニアの仕事が情報をドライバーに提供するだけではないことが明らかになっている。もちろん、ドライバーへの情報提供は不可欠な仕事だが、意外なことに、ドライバーの気分を上手く乗せてマシンのスピードを引き出すことも彼らの仕事のひとつだ。
F1では、感情抜きの純粋な情報を元に自分の任務を遂行していくドライバーがいる一方、レースエンジニアから励まされることでパフォーマンスが向上するドライバーもいる。
つまり、レースエンジニアは情報提供が逆効果になってしまうタイミングを理解しておく必要があるのだ。たとえば、すでに限界までプッシュしているタイミングでレースエンジニアから「もっと飛ばせ」と指示されれば、ドライバーはやる気を削がれてしまう。また、ペナルティ発生はすぐに伝えない方がベターで、ドライバーがマシンに慣れてきたタイミングでセッティングの変更を指示すればリズムが崩れてしまう。タイミングを見極める能力が必要なのだ。
奇妙なコンビ
ドライバーとレースエンジニアの関係の魅力のひとつは "個性の衝突" だ。多くのコンビがこのことを否定し、お互い非常にコンペティティブなだけで、常に同じアイディアを共有できていると強調するが、外側から見た2人の関係のイメージは「ドライバーが無線でレースエンジニアを怒鳴りつけているシーン」に集約されがちだ。
この時のレースエンジニアはドライバーの怒りを受け流しながら冷静に対応し、感情を込めずに「今のドライビングをキープしよう」、または「ブレーキバランスを少しだけ調整しよう」などと指示することで、ドライバーの集中を保たなければならない。
実は、ドライバーとレースエンジニアの無線コミュニケーションは概ね良好だ。しかし、F1はドラマティックなスポーツであり、重要な局面を迎えた2人の関係がそのドラマをさらに盛り上げるケースは多い。その代表例が、ドライバーがレースエンジニアに皮肉たっぷりの文句を無線で伝えるシーンだ。
しかし、これはレースウィークエンド全体の2人の関係を反映しているわけではない。たとえば、ベッテルに「獲得できるポイントはすべて獲得したこと」を伝えることに多くの時間を費やした経験を持つロケリンは、「基本的にはドライバーが必要としている情報を提供するだけです」と説明している。
しかし、レニーのレースエンジニアとしての経験はドラマティックで、おそらくロケリンのそれよりも世間のイメージに近い。レニーがロータスでキミ・ライコネンのレースエンジニアを務めていた2012シーズンは、彼とライコネンの無線でのやり取りがインターネット上で大きな話題になった。果たしてあの当時のライコネンは自分がやるべき仕事を理解していたのだろうか?
レニーは大きくニヤリと笑うと次のように回答している。「答えは “イエス” ですが… もう少し良い成績を残せたと思いますよ!」
カテゴリー: F1 / レッドブル・レーシング / ホンダF1