オスカー・ピアストリ F1への道を分けた14歳の決断「全寮制か帰国か」

2025年シーズン、初のF1ドライバーズタイトルにわずかに届かなかったオーストラリア出身のピアストリは、14歳でモータースポーツの“頂点”を目指すため父とともにイギリスへ渡った。その挑戦は、結果的に彼が全寮制の学校へ通うことにつながり、6か月後には父がメルボルンへ戻るという形になった。
その経験は、現在9勝を挙げるグランプリウィナーであり、マクラーレンのドライバーとして活躍する彼の人格形成に大きな影響を与えたという。
FIA F3、F2を制覇し、F1グリッドでも屈指の冷静沈着な存在へと成長したピアストリは、その落ち着いた立ち居振る舞いを2025年のタイトル争いでも武器とした。チームメイトのランド・ノリスに13ポイント差で及ばなかったものの、そのメンタルの強さは高く評価された。
「感情的になりすぎないように意識している一方で、感情や情熱を完全になくさないことも大切だと思っている」と、ピアストリはF1の番組『Off The Grid』で語った。
「だって、まったく気にしていなければ、良いことは何も起こらないからね。どこが“ちょうどいい地点”なのかを見つけるのは、学びのプロセスだった」
「それは、特にヨーロッパへ移ってからの成長過程とも関係していると思う。自分ひとりで生きていく方法や、人生の多くの教訓を学んだ」
F1への道を分けた決定的な分岐点
その道のりには、困難な選択も伴った。イギリスに渡ってから半年後、ピアストリは人生の大きな岐路に立たされる。
「父は最初の6か月間は一緒に住んでくれて、その後で、こう言ったんだ。『ここに残って全寮制の学校に通い、夢を追い続けるか。それとも一緒に帰国するか』って」
「ヨーロッパでレースをして、世界最高のドライバーたちと競う時間が本当に楽しかったし、ここで帰るのはもったいないと感じていた」
「家を離れるのはもちろん寂しかった。でも同時に、夢を追いかけられることへのワクワク感もあったし、ヨーロッパに来ることが、その夢を叶える最善の方法だと分かっていた」
この経験が、彼の最大の武器のひとつである「感情を切り離す力」を育んだ。
「ある意味ではシンプルだった。これが夢を叶える道だ、と。だから、やっていることから感情を切り離す必要があったんだ」
「ただ、時々はつらい週末や1週間もあった。家に帰りたくなったり、自分のベッドで眠りたくなったり、家族に会いたくなったりね」
「それは確かにつらかった。でも常に、F1ドライバーになるという、もっと大きな目標を見据えていた」
“かなり過酷”だった全寮制生活
母国から遠く離れた全寮制の学校での生活について、ピアストリは多くの若者にとっては耐えがたいものだと率直に認めている。
「ほとんどの子どもにとって、学校に住むという発想自体が、かなり過酷だと思う」
「最初は正直、あまり乗り気じゃなかった。『これが欲しいなら、耐えるしかない』という感覚だったからね」
「でも実際に行ってみると、ある意味では友だちと一緒に暮らしているような感覚でもあって、それは良かったし、レースのことから頭を切り替える助けにもなった」
10代で下したその決断は、結果として、現在のピアストリの冷静さと強靭な精神力の礎となっている。
カテゴリー: F1 / オスカー・ピアストリ / マクラーレンF1チーム
