中嶋一貴
中嶋一貴が、Mobil 1 The Grid の特集記事で Radio Le Mansジョン・へインドハーフの質問に答える形で日本のモータースポーツ界について語った。

ヨーロッパのシングルシータードライバーにとって、トップへの道はかなり安定している。カート、メーカーがサポートするF3などのフォーミュラカー、そして、“国際的”なジュニアシリーズを経て、F1のスターダムへと上り詰める。

だが、長年、日本のモータースポーツ界はある意味で“ガラパゴス化”している。世界のトップまで上り詰めたドライバーもいるが、多くは日本に留まっている。

SUPER GTの国際テレビ解説を担当していたジョン・へインドハーフは、日本の“シーン”について、WEC富士で中嶋一貴に質問をした。

「10歳か11歳のときにカートを始めて、12歳くらいでレースを始めました。僕たちには“全日本”選手権があり、その下にいくつか地方シリーズがあります。カートにはたくさんのキッズや若手が参戦しています」と中嶋一貴は日本におけるキャリアのスタートについて説明した。

中嶋一貴は、父親である中嶋悟の“親の七光り”の評判を嫌い、ホンダ系ドライバーであった父親とは違い、トヨタが運営するフォーミュラ・トヨタを選んだ。

だが、中嶋一貴は、多くの選択肢があったと当時を振り返る。

「FJシリーズがありました。今はウィングがありますが、フォーミュラ・フォードにちょっと似ています。僕はフォーミュラ・トヨタ(1600cc)で走りました。ヨーロッパでいうとちょっとフォーミュラ・ルノーに似ていますね。それにホンダが運営するF3もありましたし、異なる自動車メーカーが運営するジュニア・フォーミュラシリーズがいくつかありました」

日本のシステムは個々にブランドシリーズを運営するに頼っていたが、ジュニアフォーミュラの乱立は、最高の才能が他と張り合うことを難しくしていた。

「彼ら(ホンダ、日産、トヨタ)は、同じエンジン、同じクルマでフォーミュラ・チャレンジ・ジャパンをスタートしました。異なる自動車メーカーのシリーズの若いドライバーが戦えるシリーズでした」

ジョン・へインドハーフは、日本で受けられる自動車メーカーのサポートは、欧州のドライバーがキャリア初期に受けるものとは大きく異なるのではないかと問いかけ、ルノーやメルセデス、レッドブルなどのドライバー育成プログラムがあると指摘した。

「ある意味、ヨーローパと似てはいます。ですが、ヨーロッパ全体と比較すれば日本ではドライバーは少ないので、自動車メーカーにとっては、全てのドライバーが集まる一つのシリーズに資金を投入した方が良かったんです」

中嶋一貴の才能はトヨタによって開花し、それ以降、彼はトヨタでレースをしている。それは中嶋一貴のキャリアにとって大きな後押しとなった。

「非常に重要でした。ヨーロッパと同じように、日本できちんとレースをするにはかなり大きな予算が必要です。家族には用意できない予算です。僕たちには自動車メーカーの援助が必要なのです・・・それが僕がスタートした方法でした。僕のキャリアにかなり大きな影響がありました。ドライバー育成プログラムがなければ、ヨーロッパに行くことはできなかったと思いますし、F1に到達することもできなかったと思います。WECでレースをする今でさえ、ドライバープログラムがなければ実現していたとは思いません」

だが、最近は状況は変わってきていると中嶋一貴は語る。

「カートの後、若いドライバーはFIA F4に進みます。基本的にフォーミュラ・チャレンジに代わるシリーズであり、今は30台以上が参戦しています。ドライバーにとって良いシリーズになっていると思います」

確かにFIA F4は、非常に傑出したプラットフォームであり、若手ドライバーの助けになっている。

「レースはSUPER GTと一緒に開催されるので、多くの観客、多くのメーカー代表、ビッグチームの多くの人々がそこにいます。認知度としてはヨーロッパでのGP3のような感じです」

最近のシステムのもうひとつの変更点は、日本の若い才能が15〜16歳でF4カーに乗れるようになったことだ。中嶋一貴の時代にはその選択肢はなかった。

「僕は18歳でした。自動車免許を取得しないとフォーミュラカーを走らせることができないという問題がありました。ある意味、それは僕にとって不利でしたが、自分のキャリアには満足しています。各ドライバーには成長する上で異なる道があると思います。あの時にフォーミュラ・トヨタをスタートしたことは僕にとって正しいことでした。レースを開始するのに十分に成熟していましたからね。あまりに早くにスタートして、準備ができていないドライバーは、キャリアを壊しかねません」

中嶋一貴がフォーミュラカーを走らせられるようになった年齢で、マックス・フェルスタッペンはすでにF1で初勝利を挙げている。

「もちろん、彼には感動しました・・・F1以前の彼のレースのことはあまりわかりませんが・・・聞いたり、読んだりした感じでは、彼はとても優れていたようですね」

「今のF1カーは、昔の大きなパワーと大きなダウンフォースがあったF1カーとは違います。タイヤから大きなグリップがありましたよね。今はパワーはありますが、クルマは常にスライドしています。クルマを限界で走らせなければなりません。今のクルマのドライビングスタイルは、F3やGP2から来る若いドライバーにとってより容易だと思います」

話は日本のサーキットへと進んでいった。いくつか小さなサーキットはあるが、基本的に大多数のレースは5つのトラックで行われている。

「日本では鈴鹿と富士が二大トラックです。そして、ヨーロッパではインディカーやWTCCで知られているもてぎがあります。他にそれなり大きなトラックが3つあります。元F1トラックの岡山(TI英田)、オートポリスも素晴らしいトラックです。北にはSUGOもあります。小さいですがとてもチャレンジングです。ヨーロッパ型のトラックです」

日本国内のレースの質、特に自動車メーカーのサポートを受けられないドライバーについて質問された中嶋一貴は、関口雄飛の名前を挙げた。

「サポートなしでも良いキャリアを築いているドライバーもいます。関口雄飛が良い例です。ルーキーとしてスーパーフォーミュラ選手権をリードしています」

関口雄飛は、SUPER GT第7戦タイでWedsSportで素晴らしい走りを見せてGT500クラスで初優勝。彼は2006年のフォーミュラ・トヨタでチャンピオンを獲得しており、2013年には全日本F3を制している。

「彼はトヨタのプログラムの一員ですが、外されてしまいました。それでも彼はレースをするための十分な予算を集めるために自力でスポンサーを見つけて、レースを続ける道を見つけました。彼は日産のプログラムにも関与していましたが、そのあと自ら抜けています」

「彼は厳しいキャリアを過ごしましたが、今はSUPER GTのGT500とスーパーフォーミュラでレースをしていますし、今年2つのレースで優勝しています。レアなケースですが、自動車メーカーなしでキャリアを築く方法はあります」

海外とは大きく異なる日本のシーンで、今の若手ドライバーの目標がどこにあるかという質問に中嶋一貴は以下のように答えた。

「僕が若かったときはF1でした。大部分の若いドライバーの目標はF1でした。トヨタやホンダのような自動車メーカーがF1で戦っていました。僕が子供の頃、そして、それ以前はとても大きなものでした・・・とても人気がありました。特に40〜50代くらいのみんながF1が好きでした。ですので、僕の年齢の彼らの子供の目標はF1ドライバーになることでした。日本人ドライバーもいましたね。僕の父に始まり、鈴木亜久里、片山右京、そして、佐藤琢磨。僕たちは彼らを見ていましたし、F1を目標にすることは僕たちにとって普通のことでした」

現在では、F1は有料放送となり、必然的に財政面も変化している。それによって、日本のドライバーの焦点はより国内に向いているとジョン・へインドハーフは考えている。

「今は少し異なります。日本ではF1レースを観るのは簡単ではありません。地上波で見れないからです。情報や報道が少なくなっています。僕たちはF1に行くには大きな予算が必要なことを分っています。今の若手ドライバーの多くはSUPER GTやスーパーフォーミュラを目標にしていますし、その方が現実的です。悲しい時代ですね」

だが、中嶋一貴は、ドライバーにとって将来は明るい兆しを見せていると語る。

「今はホンダがF1プロジェクトを再開し、僕たち(Toyota Gazoo Racing)はFIA世界耐久選手権に参戦しています若手ドライバーにとって良い兆候ですね。彼らはワールドクラスのレースを目指すことができます。彼らが十分に優れていれば、育成プログラムに所属して、それらのシリーズを目標にすることができます」

過去にはビッグネームが日本のシリーズに参戦することがあった。昔は財政的にも潤っていた。1993年にフォーミュラ・ニッポンからF1へ移ったエディ・アーバインは、実際に給料が減ったとの噂がある。

日本国内のレースに留まっているドライバーは、それで生計を立てることができるかと質問された中嶋一貴は「“YES!”と言わなければなりません・・・もちろん、以前ほど良くはないですけどね。20〜30年前とは比較になりません。ですが、それでも贅沢に暮らすことができます」と述べた。

「ちょっとDTMに似ていますね。自動車メーカーといることが必要ですし、SUPER GTでレースをする人はそれがメインの給料です。スーパーフォーミュラは名誉や誇りの部分が大きいです。僕たちにとって・・・お金ではありません。ですが、競技レベルはとても高いです。今年はGP2を支配したストフェル(バンドーン)が参戦しましたが、僕たちのレースを支配することはできませんでした。レースのレベルはそれくらい高いです。再びヨーロッパの若いドライバーの関心も見られています」

海外から見て、日本のレースで際立っているのは日本のファンだ。

「それが日本の刺激的な部分です。外国のドライバーが日本にレースに来るたびに彼らはそれに驚いています。ほぼ全てのレースで彼らは非常に忠実なファンです。特定のメーカーやドライバーのファンがいます。日本のファン層はとても大きいです」

中嶋一貴は、サポートの重要性を確信している。

「ファンなしでは…レースはできないです。僕たちにとってファン層はとても重要ですし、僕たちはそれを拡大するために多くの努力をしています。今週末(富士)、(他の会場のように)1回ではなく、2回のサインセッションをしたのはそれが理由です。WECのファン層をさらに大きくするために一生懸命に働かなければなりません。でしが、成長していますし、それはポジティブな兆候です」

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カテゴリー: 中嶋一貴 | トヨタ