ホンダF1 「予選でのトップタイムは着実な進歩を証明できている」
ホンダF1のテクニカルディレクターを務める田辺豊治が、2019年のF1世界選手権での活動を振り返った。

今年、トロロッソに加えてレッドブルにF1エンジンの供給を開始したホンダF1は、13年ぶりの優勝とポールポジション、28年ぶりの1-2フィニッシュと、2015年にF1に復帰して以降での最高のシーズンを過ごした。

「2015年のF1復帰以降、ホンダとして初めて2チームにPUの供給を行ったというのも2019年の特徴で、大きなチャレンジとなりました。2チーム供給と言葉で言うのは簡単ですが、現行のパートナーシップは、ホンダが2つのチームをイコールに扱うことがコンセプトになっています。ですから、昨年トロロッソに行ってきた供給のクオリティーを落とすことなくレッドブル・レーシングにも対応することが必要とされました」と田辺豊治はコメント。

「ホンダとして仕事の質を落とさないように、レッドブルとのパートナーシップの締結以降、チーム側とサーキットやミルトンキーンズの双方のファクトリーで打ち合わせを重ねてきました。また、PUサプライヤーとしてプロのサポートを行うために、Sakuraやミルトン・キーンズのスタッフが多くのトレーニングを重ねたり、2018年からいるメンバーと、2019年に新たにトラックサイドに加わるメンバーがバランスよく配置されるよう人員配置を配慮したりといったことも行いました。その甲斐があり、両チームに対してスムーズなエンジニアリングサポートができたと思っています。2チームそれぞれに仕事の進め方が異なり、さらにはエンジニア一人ひとりにも特色があることもよくわかった一年で、個人的にはとても新鮮で新しい経験が多々ありました」

「サーキット現場でPUの運用を任されている、いわゆる『現場監督』の私にとっては、サーキットで日々レッドブルとトロロッソのガレージ間を走り回る、とても忙しいシーズンになりました。ホンダのPUは、Sakuraとミルトン・キーンズで開発が行われていますが、ファクトリー側のみんなが懸命に開発してくれたPUを、壊すことなく最適かつ最大限のパフォーマンスを引き出して使用することが私の仕事です。メディアなどでは私が表に出ることも多いのですが、PUのパフォーマンスの向上はファクトリーにおける開発あってのもので、サーキット側では予選、レースのコンディションに合わせた最適な運用をすることでPUの力を出し切る努力をすることになります。ですから、私はファクトリーにいる仲間たちの仕事を信頼していますし、いつも一人じゃないと思って戦っています。そして、彼らの努力に応えるだけの仕事をしなければいけないという想いが、いつも心の中にあります」

「総じていうと、今年のハイライトは、なんといってもレッドブルのマックス・フェルスタッペン選手と獲得したオーストリアでの初優勝、そして昨年から苦楽を共にしてきたトロロッソとの2回の表彰台と言えるでしょう」

「まず、オフシーズンを思い出してみると、個人的にはとても苦しいスタートだった記憶があります。特にレッドブルとシーズンを開始するにあたり、周囲からの期待が非常に高いことはひしひしと感じていました。そして、バルセロナのテストではライバル2チームに対して戦闘力が十分ではないという感触だったこともあり、オーストラリアでの開幕戦は大きなプレッシャーを感じながらのものとなりました。ですから、実際のレースでフェラーリをオーバーテイクした上で、マックス(・フェルスタッペン)が3位表彰台という結果は、非常に勇気づけられるものになりました。開幕戦での表彰台は『やってやった!』というよりは『まずはホッとした・・・』という感覚でした」

「しかしその後の序盤戦はメルセデス、フェラーリに対して実力差が明らかで、先を行かれるレースが多い形になりました。第5戦のスペインGPで3位表彰台を獲得したものの、第8戦のフランスでPUのアップデートを入れるまでは、オフシーズンでの印象通り、苦しいレースが続きました」

「そして、第8戦フランスGPでスペック3にアップデートしたPUを投入した後に迎えた、第9戦オーストリアGP。35度近い外気温や600m超の標高などの諸条件にマックスの素晴らしい走りが加わり、ついに初優勝を飾ることができました。よく、『その時の気持ちを一言で』という質問を受けますが、いつも回答に困ってしまいます。率直に言えば『そうそう簡単に言葉では表せない気持ち』というところでしょうか。そのぐらい特別で、忘れられないレースになりました」

「もう一つ、私自身にとって非常に特別だったことと言えば、マックスと一緒に表彰台に立たせてもらったことです。あのときは、レースが終わった後レッドブルのマルコさんに『タナベサン、表彰台に行くぞ』と言われたので一緒に向かいましたが、それがまさか自分が表彰台に登れと言われているのだとは思ってもみませんでした。その後、表彰台を下から眺めていたときに『何やってるんだ、ここじゃないぞ』と言われ、ようやく事態を把握した次第です。ただ、表彰台に案内するはずのFIAのスタッフもまさか私が登壇するものとは思っておらず、結果、裏で待たされる形となりました。そして国歌演奏後に、ようやく遅れて表彰台に上がりました。つまり遅刻したわけですが、F1のポディウムに遅刻した人は、これまでもなかなかいなかったのではないでしょうか・・・ちなみに、マックスがホンダのHマークを指さしてくれたシーンは、このときの遅刻のせいで直接見られていませんでした。あの写真は後で見ることになったのですが、今後に向けてさらなる闘志を掻き立てられるものでした」

「PU(エンジン)サプライヤーが表彰台に登ったケースもあまり記憶にないのですが、あのときはレッドブルが格別の計らいをしてくれたのだと思っており、そこからも彼らからのホンダに対する強い信頼とリスペクトを感じました。そもそも、我々を信じて彼らがホンダのPUを載せる決断をしてくれたことが始まりです。そのことも含めてレッドブルとトロロッソにはとても感謝をしています。彼らとの信頼関係は、シーズンを追うごとに、そして成績を残すごとに、強くなっていったと感じます」

「表彰台から見る景色は、本当に特別なものでした。優勝した瞬間は当然のごとくとてもうれしかったのですが、表彰台に登るとわかったときからその喜びは消え失せ、一瞬にして緊張感の塊へと変わりました。それがまた、表彰台から下にいるホンダやレッドブルのメンバーを見たときに、一気に喜びがこみ上げてきました」

「これは余談ですが、あんなに大きなボトルでのシャンパンファイトも初めてで、ものすごい勢いでシャンパン飛び散っていくその噴出力に驚きました。あの後、何人かの人に『シャンパンファイト上手ですね』と冷やかし半分で言われたのですが、私としては正直表彰台で何をしていいのかもわからない状況のなか、マックスが『これがあなたのボトルだよ』と言ってくれたので、よくわからないままにボトルをもってシャンパンファイトをしたという感じです。あの瞬間、そしてあの光景は一生忘れられないですね」

「次に思い出すのは、第11戦、雨混じりのドイツGPでの勝利とダブルポディウムを経てからの、第12戦ハンガリーGPのポールポジションです」

「これはドライバーやチームも同じだと思いますが、予選でのトップタイムは我々ホンダのメンバーにとって、勝利とはまた違った特別な意味を持っています。マシンが最も速いコンディションで他のマシンを凌駕できることは、純粋に速さの証明になります。レースでは戦略的な要因でメルセデスの後塵を拝したことは悔しかったですが、ハンガリーGPは我々にとって一つのマイルストーンになりました。その後、メキシコ、ブラジルと予選で計3回トップタイムを記録できたことからも、着実な進歩を証明できていると感じています」

「夏休み明けの第13戦ベルギーGPでスペック4のPUを投入したものの、ライバルのパフォーマンス向上もあり、しばらく苦しいレースが続きました。特に第17戦、ホームの鈴鹿で結果を残せなかったことは悔しい記憶として残っていますが、これは来年に向けた宿題にしたいと思います」

「そして最後のハイライトはやはり、第20戦ブラジルGPでの1-2フィニッシュです」

「マックスについてはポールポジションからの勝利で、彼の素晴らしいドライビングとマシンの速さ、そしてチームの的確な戦略が組み合わさった完璧なレースでした。そして何と言ってもピエール(・ガスリー)の2位ですね。ホンダとしては1991年以来28年ぶりの1-2フィニッシュになりましたが、最後にハミルトン選手に競り勝ってフィニッシュラインを超えたシーンには本当に興奮しました。実はメンバーと一緒にあの後何度もそのシーンを見返していたのですが、そのぐらい痺れたシーンでしたね」

「決勝日が本田宗一郎さんの誕生日だったこと、ホンダにとってゆかりのドライバーであるセナの母国だったということも、感慨深いものがありました。セナのお墓は、ブラジル到着日の水曜にお参りに行きましたが、勝利の翌日にもう一度、表彰台の写真とともにお礼を伝えに行きました。私はホンダF1の第二期と言われる時代にエンジニアとして何度か1-2フィニッシュを経験していますが、自分がテクニカルディレクターというポジションについてからの1-2は、そのときとはまた異なる感情があった気がします。本当に、天国にいる2人が特別な力を与えてくれたかのような、ドラマチックなレースでした」

「最終戦となった先日の第21戦アブダビGPではマックスが2位表彰台を獲得してシーズンを終えましたが、贅沢なもので、2位で悔しいという感情を持ちました。1年前を思うと信じられない部分もありますが、我々が前進を続けてきたことの証だと思いますし、こういった悔しさがもっと上に行きたいというモチベーションを与えてくれることも、レースに挑戦する面白さだと感じます」

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カテゴリー: F1 / ホンダF1