デイモン・ヒル F1引退決断の裏側「彼を殺してしまったと思った」

ニュルブルクリンクで開催された1999年F1ヨーロッパGPでは、ヒルのマシンの突然の減速をきっかけに、ペドロ・ディニスが宙を舞う大クラッシュが発生。幸いにもディニスは無傷だったが、ヒルにとっては精神的に大きな転機となった出来事だったという。
ニュルブルクリンクで起きた衝撃の大事故
当時ジョーダンに所属していたデイモン・ヒルは、スタート直後の1コーナー進入で突如スローダウンした。
原因は、スタート時に使用するクラッチ制御システムの解除ミスだった。
「我々は解除しなければならない装置を使っていた。それがクラッチをある形で制御していたんだ」
「正確に何をしていたのかは覚えていないけど、スタート時に使って、その後オフにしなければならなかった。そうしないとエンジンが止まってしまう」
「そして実際に何が起きたかというと、1コーナーでエンジンが止まった」
ヒルは、すべて正しく操作したはずだったと説明した。
「『何が起きているんだ?』と思った。ちゃんとやったはずだったからね」
だが、その突然の減速によって後続のアレクサンダー・ブルツが回避行動を取り、結果的にペドロ・ディニスのザウバーへ接触。ディニスのマシンは大きく宙を舞い、逆さまの状態で停止した。
「彼を殺したと思った」ヒルを襲った自責の念
この事故についてヒルは、当時の恐怖を率直に語っている。
「僕は彼を殺してしまったと思った。本当に恐ろしかった」
「かわいそうなペドロは僕の上を飛び越えていった。彼はアロウズ時代のチームメイトだったんだ」
この瞬間が、ヒルにとってF1キャリアの終わりを決定づける出来事になったという。
「その時に思ったんだ。『もうこんなことはしたくない』とね」
「もし自分がこんな重大なミスを犯すなら、他のドライバーを傷つけたくないと思った」
精神的限界に達していた1999年シーズン
1999年シーズンのヒルは、すでにモチベーション低下や精神的疲労を抱えていることがたびたび指摘されていた。
ジョーダンは同年に優勝争いへ加わる競争力を見せていたが、ヒル自身はミスや不運も重なり、かつての世界王者らしいパフォーマンスを安定して発揮できずにいた。
そして鈴鹿で行われた1999年F1日本GPを最後に現役を引退。レース中のリタイア後、精神的疲労を理由にF1から去ることを正式発表した。
今回の証言によって、ニュルブルクリンクでのクラッシュが、単なる事故ではなく、ヒル自身の中で「F1を終える決定打」になっていたことが改めて明らかになった。
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