エイドリアン・ニューウェイがF1で経験したレイトンハウスでの最初の挫折
アストンマーティンF1のテクニカルディレクターであるエイドリアン・ニューウェイは、逆境にどう向き合ってきたかについて最近語り、仕事でも私生活でも避けられない要素だと位置づけた。その例として、1980年代後半にレイトンハウスで経験した出来事を挙げている。

期待を大きく上回るマシンでF1に鮮烈なデビューを果たした後、彼はまったく逆の状況を味わうことになる。

次に手がけたマシンは失敗作に終わり、同僚だけでなく自分自身にも疑念を抱かせた。この経験は、その後のキャリアに深く影響する重要な教訓となった。

「自分が情熱を注げるものを持てたのは幸運だと思う。そこからは、それを育てていくこと、同僚と協力すること、そしてレジリエンスを身につけていくことだと思う」とニューウェイは『James Allen on F1』ポッドキャストで語った。

「誰もが良い結果は覚えているが、失敗した年やレースのことは覚えていない。だが実際には、そうした経験こそが人を形作り、どう反応し、自信を保とうとするかを決定づける。私自身の例がある」

「20代の頃、私はいわば黄金のキャリアを歩んでいた。24歳でスポーツカーのチーフデザイナーとなり、25歳でマーチのインディカー計画に携わり、27歳でレイトンハウスのテクニカルディレクターになった」

「それらのマシンはすべて勝利するか、タイトルを獲得していた。私が初めて責任者を務めた1988年のレイトンハウスF1マシンは期待以上の結果を出した。工学の世界で“新しい天才”のように扱われたんだ」

「そして、おそらくそれが少し頭にのぼってしまった。称賛記事を読みながら、『最初が良かったなら、次はもっとすごいはずだ』と思っていた。だが1989年のマシンは完全な大失敗だった」

「振り返ってみれば、当時はそう思えなかったが、あれは非常に有益だった。まず、エンジニアリングにエゴの居場所はないということを学んだ。常に地に足をつけ、客観的でなければならない」

「F1の大きな利点であり欠点でもあるのは、すべてが公になることだ。数戦悪かったのではなく、あの年は一年中ダメで、私は何が悪いのか理解できなかった」

「そうすると自信を失い始め、職場の同僚の中にも私への信頼を失う者が出てきた。その時こそ、自分の内側から力を引き出し、人生には浮き沈みがあると受け入れ、自分を信じ続ける必要がある」

「人生は平坦ではない。『ただ幸せでいたい』と言う人がいるが、それは現実的ではないし、もしそうなら退屈だ。相対性というものを失ってしまうからだ」

エイドリアン・ニューウェイ F1

ニューウェイはまた、大学時代の経験も逆境への向き合い方を形作ったと説明している。目指していた学位を取得できなかった経験があった。

「その経験と、そこから得た勇気や決意は、サウサンプトン大学での体験にも関係している。上位の学位は取れず、OND(普通国家ディプロマ)を取得した」

「16歳レベルの数学しかなかった私にとって、講師が18歳レベルを前提とする授業は本当に厳しく、大学を辞めかけた。だが、それも良い教訓だったと思う」

「1989年は良い教訓の年だった。物事は時にひどく悪くなる。その時にどう反応し、自信と自分への信念を保てるかが重要だ。粘り強く続ければ、いずれ状況は良くなる」

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カテゴリー: F1 / アストンマーティンF1チーム