ジュール・ビアンキ
F1ドライバーが、他界したジュール・ビアンキへの思いを語った。

2014年のF1日本GPでクラッシュして頭部に重症を負ったジュール・ビアンキは、9カ月の入院生活の後、17日(金)に25歳の若さで息を引き取った。21日(火)には彼の故郷ニースで葬儀が営まれた。

ハンガロリンクで開かれたメディアセッションでは、今週末の戦いを前に多くのF1ドライバーがジュール・ビアンキへの思いを語った。

ロマン・グロージャン
「ジュールとは一緒にいすぎて、これという思い出を挙げられることはできない。僕が彼の名前を初めて聞いたのは確か2003年だっ。カートでは僕よりはるかに優秀なドライバーだった。彼の方が若かったけどね。その後、彼は僕が挑戦したすべてのカテゴリーを経験して、その全てで優勝している。ジュールとはいろんなことを共有してきたと思う。とても素敵なセレモニーだった。かなり切なかった。ご両親に会えたのは嬉しかった。もちろん、今週末は僕たち全員が彼を思って走るけど、個人的に僕はジュールのために戦ったことを決して忘れないだろう」

フェルナンド・アロンソ
「トラック外でかなりたくさんの時間を一緒に過ごした。そういうトラック外での彼との記憶を思い出す。もちろん、レース週末に関しては彼が優秀なドライバーだったことは間違いないし、彼には明るい未来があったことも皆が知っている。おそらくフェラーリのシートも可能性が高かっただろう。マラネロにいた3年間、僕は彼とトラック外で多くの時間を過ごした。一緒にトレーニングキャンプを張ったこともあったし、一緒に自転車に乗ったり、サッカーをやったり、カードゲームを楽しんだりもした。2012年にはフェラーリと一緒にランサローテで1週間のトレーニングキャンプがあって、その期間中、僕たちはルームメイトだった。ずっと一緒にいたので、今は物凄い強い思いもあるし、悲しい」

ジェンソン・バトン
「僕の中でジュールと言えば粘り強さだ。F1では環境面で楽なポジションにはいなかったけど、常に最大の力を引き出していたし、昨年のモナコがそれを証明していると思う。彼がどれだけ才能にあふれていたかは皆が分かっていることだ。まだ若かったし、もっと多くのことを達成できただろう。とても悲しいけど、彼が人としてドライバーとして優れていたことを称えなければならない。葬儀には参列したけど多くを語りたくない。誰にとってもショックで悲しいことだ。確かにジュールは重篤な状態が長く続いていたけど、それでも、彼が亡くなったというニュースを聞いた時には激しいショックを受けたし、このスポーツにいる全員にとってタフな時間だ。もちろん、彼のご家族や友人ははるかにつらいと思うし、彼らのプライバシーを尊重すべきだと思っている。レーシングドライバーとして、ライバルであり友人の一人が亡くなったことは本当につらい。それでも、次の日にはマシンに乗ろうと思う。僕たちがやっているのはそういうことだ。それが、このスポーツのあり方だと思う。きっとジュールも、今週末に全開で戦いたかっただろうし、彼のためにも全力を尽くす」

ルイス・ハミルトン
「個人的な話だけど、僕は以前にも同じ経験をしている。その時とまったく同じだ。9歳の時にトラック上で子供が亡くなった。僕はそれを昨日のことのように覚えている。レース前には彼と言葉を交わした。そのコース上で彼は命を落とした。葬儀に行ったことも記憶にあるし、その経験があったから、僕にとってはまさにデジャヴのようだ。このスポーツをやる上で絶対に目にしたくないことだ。実際にその規模を理解するのはとても難しいことだと思う。人の不幸は心が痛んでしょうがない。葬儀に行けば当然なんだけど彼の親しい友人や家族に会う・・・。自分がジュールの親友だったとは言えない。彼のことをそこまで知っているわけではない。とても話しにくいことなんだ。僕たちは今日という日もここにいて、元気なのに、素晴らしく優秀で若く才能にあふれた人がここにいないんだからね」

バルテリ・ボッタス
「火曜日はとても辛かった。みんなに愛される、本当にナイスガイだったので、本当に辛い。F3で彼のチームメイトになる前からよく知っていた。でも、人生は続いていく。今、僕たちはここでまたレースをする。今の僕にとって一番の場所はヘルメットをかぶったマシンの中だ。その時ばかりはドライビング以外のことを考えない。ドライビング以外のことを考えなくて済むので、僕は今、その時を心待ちにしている」

フェリペ・マッサ
「最高の友人だった。僕が彼に会った頃、彼はまだカートで戦っていた。マネジャーが同じだからね。ニコラス(トッド)がジュールと働き始めた時、彼はまだカートのキャリア終盤に差し掛かった頃で、その当時、僕は彼と出会った。僕から見れば、最高で本当に素晴らしく、控えめで優秀なドライバーだった。残念ながら、彼はF1で競争的なマシンに乗るチャンスに恵まれず、才能を発揮しきれていない。それでも彼は、みんなも知っての通りの、ああいうマシンをドライブしてモナコでポイントフィニッシュを果たした。あのレースで彼が成し遂げたことは本当にすごいことだ。僕が彼と過ごした中では、一緒にカートを楽しんだことが多く挙げられる。ブラジルでも乗ったね。僕の経験上、僕が見た中で彼は一番のカートドライバーだ。彼のカートのドライビングは本当に凄い。同じようなカートで競い合った機会だった。こんなことになるなんて。教会では本当につらかった。何が起きたのか理解するのも難しいし、本当に悲しい。でも、きっと今の彼は絶好の場所でレースを見て楽しんで、ここでの僕たちのことだって必ずどこかから見ているはずだ。どこかと聞かれるとそれはわからないけどね。彼は本当に素晴らしい人だったし、最高のドライバーだった。彼のご家族に最善の状態が訪れるよう心から願っている。葬儀の日は本当につらかった」

ロベルト・メルヒ
「彼はいつだってお手本になるドライバーだった。常に最速で、本当にたくさんの偉業を成し遂げてきた。僕がフォーミュラ・ルノーに乗っていた2007年は彼もフォーミュラ・ルノーで戦っていたので、何レースか一緒に戦ったことがあるけど、彼はその時もあっという間に勝った。参戦一年目だったのにね。本当に凄いと思ったよ。僕がモータースポーツで出会った中で、一番の才能を持ったドライバーだったと思っている」

セルジオ・ペレス
「僕たち2人ともフェラーリ・アカデミーにいた頃は、最近よりもっと多くの時間を一緒に過ごしていた。ジュールが本当に特別なドライバーだということはわかると思うけど、誰からも愛される本当にスペシャルな人でもあった。とても謙虚で思いやりがある。彼がこの世界に残した衝撃はとてつもない。たぶんきっと誰しもが同じ意見だと思う。彼はF1で過ごした短期間では本来の力を発揮できるチャンスがなかったけど、僕は彼が本当に特別なドライバーだったと思っている。将来のチャンピオン候補だっただろうね。とにかく、とてつもなく特別なドライバーだった」

ニコ・ヒュルケンベルグ
「彼と僕は過去2回、チームメイトだったことがある。2008年のF3と2012年のF1だ。F3に参戦して2年目の2008年、僕はチャンピオンシップの優勝候補だと見られていて、ルーキーの彼は1年目だった。ムジェロのレースのことはよく覚えている。僕がポールからスタートして、確か彼は2番手か3番手だった。スタート後、僕がトップで彼が2番手にいた。ずっとミラーに彼の姿があって、本当に厳しくプッシュしてくる。本気で僕に襲いかかってくるし、追い抜こうともしてくるんだ。彼はそれでタイヤを傷めてしまったけど、僕は温存していた。でも、彼の競争力の高さが証明されたレースだったと思うし、成功に貪欲だった。トラック外でも本当にいいヤツだった。たくさんの素晴らしい思い出がある。寂しくなるね」

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カテゴリー: ジュール・ビアンキ | F1ドライバー