マクラーレンのブレーキ冷却がF1ライバルたちを驚かせる理由

決定的な答えが出ているわけではないが、単一の“銀の弾丸”によるものではなく、空力プラットフォーム、サスペンションの運動学、エネルギー回収戦略といった複数の要素が絡み合っていると考えられている。
レッドブルのチーフエンジニア、ポール・モナハンは、マクラーレンに追いつく難しさについてこう語っている。
「これは一歩一歩の積み重ねだ。魔法の杖で一瞬で解決するような“ハリー・ポッターの時間”じゃない。綿密で優れたエンジニアリングの賜物なんだ。我々はそれを地道に進めている」

ブレーキに関する注目
最近話題となっている要素の一つが、マクラーレンのブレーキシステムだ。これがリアタイヤの温度管理に大きく貢献しているという。
特に注目が集まったのは、日本GP中のピットストップで撮影されたとされるリアブレーキドラムの熱画像をレッドブルが外部から入手したという噂だ。
これらの画像には、マクラーレンのブレーキドラムが他チームよりもはるかに低温である様子が映っていたとされ、様々な憶測が飛び交った。
一部では、冷却用の空気をホイールリムに逃がす特殊なカーボンファイバーの織り方や、内部の空気流を変化させる相変化材料の使用、あるいはブレーキ内での気化冷却が囁かれたが、いずれもF1レギュレーションで禁じられている手法だ。

一部パドックでは、FIAがマクラーレンのパーツを押収したという誤った噂も流れたが、これはFIAによって明確に否定されている。
むしろ、FIAはマイアミGP期間中にマクラーレンのブレーキを複数回調査した上で、すべて合法であると正式に認定している。
FIAからのメッセージは明確だ。「マクラーレンの設計は、単に非常に巧妙なものなのだ」
ディテールへの徹底的なこだわり
マイアミでの圧倒的勝利(ピアストリが非マクラーレン勢に35秒差)により、マクラーレンの初期のパフォーマンスが偶然でなかったことが証明された。
レース後、アンドレア・ステラ代表は、MCL39においてタイヤマネジメントを改善することに特化した技術開発がなされたことを認めた。
「そこには非常に高度なエンジニアリングがある。我々はクルマ全体を包括的に見て、タイヤの挙動に影響を与えるあらゆる要素を分析した」

ステラが語る「非常にターゲットを絞ったエンジニアリングの成果」の一例が、リアブレーキのコンセプト変更だった。
他チームがブレーキディスクやキャリパーの露出を保っているのに対し、マクラーレンはこれらを徹底的にカーボンファイバー(おそらくはセラミックライナー付き)で覆い、冷却空気を制御された経路で導いている。
イラストによると、次のようなエアフローが想定される:
・黄色:内側のブレーキディスクへの冷却空気
・水色:低い位置にあるキャリパーへの冷却空気
・青色:外側のブレーキディスクへの冷却空気
・緑色:ホイールリム内部の温度低減用空気

排気ダクトの工夫と「空気の出口設計」
マクラーレンは吸気だけでなく、冷却空気をうまく引き抜くための排気構造にも注力している。

冷却とは単に多くの空気を送り込むことではない。「適切な低圧ゾーンを作って冷却空気を引き抜く」ことこそが重要なのだ。
内部センサーの存在
マクラーレンのもう一つの注目点が、リアブレーキ上部に取り付けられたセンサーと、それに繋がるシリコン製の空気パイプだ。

これは練習走行で使用されるセンサーで、予選および決勝では規則により外部ドラムに開いた穴を塞がなければならない。
このセンサーはおそらく、内部の空気圧または流速を測定しており、冷却空気が正しく排出されているかを確認するものと推測される。
マクラーレンは2022年のバーレーンGPでブレーキ冷却に苦しみ、ブレーキダクト内の圧力バランス問題を修正した経緯がある。それ以来、この領域の知見は大きく向上しているはずだ。
ゲイリー・アンダーソンの見解
F1解説者ゲイリー・アンダーソンは次のように分析する。
「これは良質なエンジニアリングの成果だ。ブレーキは高温が必要だが、過剰冷却は避けたい。さらにその熱を周囲に伝えず逃がす必要がある」
マクラーレンは単に“冷やす”のではなく、“熱を伝えない構造”を作り、必要最小限の空気で効率よく冷却している。
加えて、そもそもリアタイヤに熱を伝えすぎないための車体設計――例えば回生ブレーキ比率の最適化やアンチダイブ/リフト機構、高剛性サスペンションなど――が背景にある。
こうした機械的設計により、ブレーキで発生する熱がリムやタイヤに伝わりにくくなっており、すべてが“冷える方向”へと連鎖している。
このマクラーレンMCL39のリアブレーキ冷却は、まさに総合力によって生まれた技術芸術である。
カテゴリー: F1 / マクラーレンF1チーム