ホンダF1幹部 「角田裕毅は最後にもらった大きなプレゼント」
ホンダF1でスクーデリア・アルファタウリ・ホンダのチーフエンジニアを務める本橋正充が、7年ぶりの日本人F1ドライバーとしてデビュー戦を終えた角田裕毅について語った。

ホンダF1の育成ドライバーである角田裕毅は、F1バーレーンGPの予選Q1でアルファタウリ・ホンダのF1マシンで2番手タイムを記録する衝撃デビュー。決勝では9位入賞を果たし、デビュー戦でポイントを獲得した初めての日本人ドライバーとなった。

開幕戦バーレーンGPを振り返り、本橋正充は「レッドブルで言えば、ホンダF1の最終年の開幕戦を勝利で飾りたいという想いがあったことは間違いないですし、あと一歩でそれを逃したということは本当に悔しいの一言です」と語る。

「メルセデスもその他のライバルも速いのでそんなに簡単ではないことは分かっていますが、フェルスタッペン選手がポールを獲ったことからも分かるように、取りこぼしがなければ、チャンピオンを獲れるのでは?と思わせるパフォーマンスを見せたレースでもありました。2014年のハイブリッドレギュレーション開始以降、彼らとまともにチャンピオンシップを争うことができたチームがいなかったことを考えると、私たちが初戦であれだけ戦えたことは非常に励みになりますし、最終年にしてようやく彼らと戦えるかもしれないという手応えを得られたことも確かです」

「短い準備期間の中でこれだけパフォーマンスがあるPUを送り出してくれたHRD-Sakuraには本当に感謝していますし、ホンダF1の意地と底力のようなものを感じています。開幕戦でのポールはホンダF1としてセナ以来30年ぶりという嬉しい記録もありましたが、パフォーマンスが充実していただけに歯がゆい思いもありますし、次は勝ちたいですね」

「私が担当するアルファタウリについてもレッドブルと同じく、うれしさ半分、悔しさ半分という開幕戦でした。2台ともに週末を通して速さを見せていたことを考えると、角田選手の9位入賞のみという結果はチームとしてはやや寂しいですが、マシンとしてもチームとしても力があるという手応えを得られたので、今シーズンに向けてはポジティブです。どこかで表彰台を獲得できるのではないかと今から楽しみにしています」

「何より、9位入賞を果たした角田選手は本当に堂々とした速さを見せてくれましたね。アロンソ選手やベッテル選手、ライコネン選手といった元チャンピオンを綺麗なオーバーテイクで抜いていく姿は、デビュー戦としては非常に鮮烈でした。予選Q2はタイヤ選択に泣いた部分もあったので、Q3に進出してもう少し前からスタートしていたらどこまで行けたかな?などとも思いましたが、まだ楽しみは先に取っておきましょう。日本でも色々とニュースになっていたようですが、アルファタウリのチームメイトはもちろん、F1パドックにいる他チームやメディアからもすでに一目置かれる存在になっているようで、本当に楽しみです」

待望の日本人ドライバーである角田裕毅については「私たちにとってもF1の現場で日本人ドライバーと一緒に仕事ができることは、この上ない喜びです」と本橋正充は語る。

「角田選手については一昨年のF3を戦っていたころから見ていました。昨年11月にイタリアで行われた2018年式のF1マシンを使用したテスト前後からは、PUやマシンについても、本人と色々話をするようになりました。そこから、年末のアブダビテスト、1~2月に行われた旧型車での複数回のテストや、先日のバーレーンでの公式テストなどで一緒に仕事をしてきました。デビュー戦を終えてみると、改めて、短期間ながらも初めてF1マシンに乗ったときからの彼の成長を感じています。『短い期間でよくここまで頑張ってきたな』という印象です」

「TVなどでは分かりにくいですが、F2からF1にステップアップすると、マシンのスピード、パワー、ブレーキ、ダウンフォースなど、すべてが大きく変わり、ドライビング操作やフィジカル・メンタルの部分でこれまでよりもさらに高度なことが求められてくるはずです。私はドライバーではないですし、フィジカル面での厳しさを体感として理解しているわけではないのですが、少なくともステアリング操作の複雑さだけを考えても、小学生の算数と高校生の数学くらいの違いがあるのではと思っています。ドライバーはレースを通してすぐに自分の仕事の結果が出てしまう過酷な職業だけに、カテゴリーが変わった際にも短期間で適応し、他のドライバーに負けないだけの走りをしていくことが求められます」

「その面では、角田選手は複雑なステアリングスイッチの操作にも難なく対応できるようになっていますし、高いGに耐えるために、身体つきや首回りが一回り大きくなったようにも見えます。バーレーンテストでは1日100周近くを走行し、その終盤にかけてベストタイムを更新していくような走りをしていたので、フィジカル面の準備も十分なのではと感じました」

「エンジニアとして興味深いなと思っていたのは、イタリアでのテストの際などに、マシンの挙動に身体を慣らすだけではなく、エンジニアに指示されていないときでも自分で色々なステアリングスイッチをガチャガチャと触りながら、どのようなボタンを押すとマシンがどのような反応をしてどうパフォーマンスをしていくかを確かめていたことです」

「ステアリングスイッチの操作と言ってもなかなか分かりにくいかもしれないので、マニアックですがここで少し説明をさせてください。F1マシンのステアリングには多くのスイッチがついており、複数のスイッチ操作を組み合わせることにより、PUだけでも状況に応じて数万通りの動作パターンが設定されています」

「昨年途中のレギュレーション変更により、レースや予選中に使用できるモードについては制限がかかっていますが、プラクティスの間にはそれらの制限がないので、エンジニアの指示に合わせてモードを変更しながら、レースや予選に向けた最適なモードをサーキットごとに探っていくことになります。また、バッテリーのパワーをどう充電し、どこで使うかといった部分は現在もレース中に変更可能で、これだけでもかなりのパターンが用意されています。ですので、ドライバーは予選やレースのドライビングに集中するだけでなく、同時に複雑なスイッチ操作が求められます」

「レースの際には、我々ホンダF1のエンジニアはPUから送られてくるデータとレース状況を監視しつつ、チーム・ドライバーの要求と、レース・マシンの状況に対して最適なPUの設定を導き出して、最適な設定に変更するようにチーム側のエンジニアに伝達します。そしてそのエンジニアがドライバーに変更の指示を送っています」

「基本的にはドライバーはその指示通りに、いくつかのスイッチを押して充放電などのモードを変更していくわけです。ただ、これまで我々が一緒に仕事をしてきたドライバーの中には、時として自分でレース状況を考えて、我々が指示を伝える前に自分で最適なPUのモードを選択できるといったスキルを持つ人も存在しています」

「簡単に聞こえますが、市販車やゲームのように”3個のモードが用意されていてそれを随時切り替えていく”と言った簡単なものではなく、前述の通り、最大数万通りの設定から専任のPUエンジニアが最適なモードを随時選択していくものです。したがって、スイッチ操作を自分で行うといっても、その大前提として、複雑な仕組みとそれによるパフォーマンスの違いを正確に理解していることが求められます」

「そうした知見が非常に優れ、エンジニアとして舌を巻くようなドライバーも存在していますし、逆にそういったことを全く行わず指示に忠実にドライブするドライバーもいるので、どちらがいいかは一概には答えられません。ただ、ドライバー自身が自分の感覚や状況に応じてレース中に『あとXX周後のこのコーナーで前のマシンを抜きたい』といったことを考えながらレースを組み立てているはずで、その際に自分の手足となるF1マシンについて、例えば『ここでパワーを使わず、ここで使い切る』といったように、ある程度自分で考え、思い通りに操作できたほうが、レースを組み立てていく上では強みになるはずです」

「角田選手がどういったタイプのドライバーなのか、レースを多くこなしていない今はまだ分かりませんが、テストの際に担当エンジニアが『こんなにスイッチを自分で触るドライバーは珍しい』ということも言っていましたし、操作に応じたマシンの挙動やPUのパフォーマンスの違いを、積極的に学ぼうという、とても強い意欲を感じました。少なくともバーレーンGPを見る限りは、そういった部分の理解が非常に深いように思っています」

「フィジカル面についても同じですが、向上していくためにストイックかつ貪欲に努力をしていけるドライバーだという印象です」

角田裕毅の素顔について「性格については、優しい顔をしているのでおとなしそうな印象を受けますが、実際には気の強い一面もあり、自分の考えをきちんと持っています」と語る。

「図太いという言葉が正しいか分かりませんが、基本的にはどんな時も飄々としており、少なくとも私たちの前でナーバスになったり、プレッシャーを感じている様子を見せることはありません。また、たくさんの経験豊富な大人に囲まれる中でも全く動じず、きちんと自分の考えを伝えています。仕事以外の場面では、20代になりたての青年の素顔みたいなのも見えたりもしますけどね」

「F1ドライバーに速さが求められることは当然ですが、それ以外にも、自分の走行スタイルにマシンを合わせるため、『エンジニアとメカニックにマシンをセットアップしてもらう能力』というものが必要です。そのため、自分の要望を伝えるコミュニケーション能力に加え、周りを巻き込み、自分の味方につける能力が求められるのですが、角田選手はイタリア人中心のチームの中でも、そういったことがしっかりとできている印象です。ちょっとしたことですが、セッションがすべて終わった後に一人ひとり『ありがとう』と伝えたり、サーキット入りした際にも会ったみんなにきちんと挨拶したりといった姿勢が、多くの味方を作ることに繋がっているようにも感じます」

「レース中のメンタル面も、昨年のF2を通して大きく成長したとも聞いてますし、コミュニケーション部分もF2や一昨年のF3で、スイスやイギリスのチームメイトと仕事をする中で多くを学んできたのではないでしょうか。F3のころから見ているので、『あの子がいまやF1ドライバーか』という、どこか不思議な部分もあります」

「ドライバーはチームの中心であり、実際に自分ひとりのために数百人が仕事をしているわけなので、その言動がチームに及ぼす影響は大きいのですが、これからレースを重ねるにつれてそういった部分についても強く実感していくのではと思っています。着実に経験を重ね、成長を続けていってほしいものです」

日本人ドライバーと仕事ができることについて本橋正充は「ホンダF1のエンジニアとしては、PUの話を日本語でできるメリットも感じています」と語る。
「もちろん、これまでも各ドライバーとは密にコミュニケーションを取りながら、それぞれのフィードバックをセッティングや開発に反映してきましたが、特に数値以外の感覚的な部分や抽象的な表現は、母語が同じだと擬態語や擬音語を使いながら微妙なニュアンスを伝えやすいので、PUの微小な挙動の話などをする際にはより理解が深まりやすいです」

「角田選手はアルファタウリのドライバーであると同時に、日本のファンの皆さんの期待を背負っているドライバーなので、我々としては『いいレースをさせてあげなければ』という責任の大きさを感じています。一方で、ラストイヤーに日本人ドライバーと仕事をさせてもらえる大きな喜びも感じており、私たちが最後にもらった大きなプレゼントのような気もしています」

「この1年を今後さらに彼がトップドライバーになっていくための飛躍の年にしてほしいと願わずにはいられませんし、私たちも彼が世界を驚かす姿を間近に見られたら、こんなにうれしいことはありません」

「ただ、実際にはルーキーなのでまずは地に足をつけてF1に適応していくことから始まると思います。素晴らしい開幕戦を戦ってくれただけに、周囲の注目度や期待も上がっているように思いますが、ここからも気負わず、これまで通りの角田選手らしいアグレッシブな走りを見せてほしいと思っています。また、PUからパワーを引き出すために、ホンダF1としても最大限のサポートをしていきます」

「まずは第2戦のイタリア・イモラですね。角田選手はこのサーキットで、オフの間に何度か過去のマシンを使ってテストをしていたので、サーキットの特性は頭に入っていると思います。彼がどこまでやれるのか、今回も本当に楽しみです」

このエントリーをはてなブックマークに追加

カテゴリー: F1 / ホンダF1 / スクーデリア・アルファタウリ / 角田裕毅