キミ・アントネッリが告白 メルセデスF1のアルピーヌ送りを「恐れていた」

現在は5連勝を飾り、史上最年少記録を次々と塗り替える活躍を見せるアントネッリだが、わずか1年前にはアルピーヌやウィリアムズへのレンタル移籍説に苦しみ、自身の将来に不安を抱えていたという。
ルーキーシーズンに訪れた暗黒期
2025年にルイス・ハミルトンの後任としてメルセデスに昇格したアントネッリだったが、シーズン中盤は厳しい戦いを強いられた。
5月から9月にかけての10戦で4度のリタイアを喫し、予選でも5回敗退。マイアミGP終了時点では48ポイントを獲得していたものの、その後は苦戦が続き、約3か月半後のアゼルバイジャンGP終了時点でも66ポイントにとどまっていた。
なかでもベルギーGPのスプリントウイークは特に厳しく、競争セッションでの順位は20位、17位、19位、16位と低迷。スパ・フランコルシャンのメディアエリアで感情をあらわにする姿も見られた。
アルピーヌ移籍説が不安を増幅
アントネッリは『Motorsport Italia』のインタビューで、当時の心境を率直に振り返った。
「去年よりずっとストレスは少ない。今は自分が何かを証明できたと感じているし、状況をよりコントロールできている」
「来年もF1にいることは分かっている。でも去年、ベルギーGPの週末には、周囲のすべてが暗く見えた時期があった」
当時のパドックでは、メルセデスがアントネッリをアルピーヌやウィリアムズへレンタル移籍させる可能性があるとの噂が流れていた。
いずれもメルセデス製パワーユニットを使用するチームであり、若手育成を続けるための選択肢として取り沙汰されていたが、それは同時にトップチームのシートにまだふさわしくないと判断されたことを意味していた。
「噂を否定してくれなかった」
アントネッリは、その噂が精神的に大きな影響を与えたと認めている。
「厳しい時期だった。でもそれを乗り越えたことで、ドライバーとしてだけでなく、人としても精神的に強くなれた」
「シーズンのある時点で、コース上の結果が思うように出ていなかった。そのうえアルピーヌやウィリアムズへの移籍の噂が広まり始めた」
「しかも、その噂は否定されなかった」
「そういう状況では疑念が生まれるのは避けられないし、負のスパイラルに陥る危険もあった」
当時のメルセデス代表トト・ヴォルフは公にはアントネッリへの信頼を語っていた一方で、マックス・フェルスタッペン獲得にも関心を示していたとされる。そのため若きイタリア人が不安を抱いたのも無理はなかった。
史上最年少王者へ一直線
しかし、その苦しい時期を乗り越えたアントネッリは2026年に劇的な飛躍を遂げた。
もしメルセデスが中団チームへのレンタルを決断していれば、現在の歴史的快進撃は実現しなかったかもしれない。
アントネッリは日本GPでジョージ・ラッセルを抜いてランキング首位に立ち、22歳未満でF1世界選手権をリードした史上初のドライバーとなった。さらに現在は5連勝を記録しており、ランキングでは66ポイント差の独走状態にある。
2025年に抱えていた将来への不安は、わずか1年で完全に払拭された。今やアントネッリは、史上最年少F1ワールドチャンピオン誕生の期待を背負う存在となっている。
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