F1 Topic:70周年記念GP~シルバーストンが特別な理由~
世界選手権初開催の1950年5月13日から現在までシルバーストンはF1の名舞台であり続けている。英国ノーザンプトンシャーに位置するこの伝統のサーキットの魅力を探る。
サーキット最大の興奮と満足感を得られるセクションを訊ねた時に、「2速・3速の低速コーナーを備えたテクニカルで難しいスタジアムセクション」と回答するF1ドライバーはまずいない。
そのようなスタジアムセクションが、精度が求められない退屈なセクションが併存するサーキットのアクセントになるのは確かだが、ほぼすべてのF1ドライバーが最高に面白いと考えているセクション “高速コーナー” の血湧き肉躍る興奮は絶対に与えてくれない。
そして、シルバーストンほど高速コーナーが充実しているサーキットはカレンダーのどこにも存在しない。
目を閉じて思い浮かべてみよう…。スタート / フィニッシュラインを全開で駆け抜け、8速にギアを入れると同時に右へ鋭くターンし、改修されたターン1のアビーを300km/hで疾走する。その直後に待ち受けているブルックランズに7速・約290km/hで進入し、320km/hで右に旋回するコプスで心臓が口から飛び出しそうになる感覚を味わったあとは、曲がりくねったマゴッツ / ベケッツ / チャペルの複合セクションをすり抜ける。その感覚は、12.3Gの横Gに耐えながら290 km/hで蛇行するヘビの背に乗っているかのようだ。しかも250km/hの高速右コーナーのストウも控える。ドライバーたちがシルバーストンを神聖視するのは当然だ。
「個人的には好きなF1サーキットベスト3に入るね」と2019シーズンのイギリスGP前に語ったのはアレックス・アルボンだ。
「速くて流れが良いし、ドライバーが好むすべての要素が詰まっている。高速コーナーでダウンフォースを目一杯効かせると優れたマシンが本領を発揮する。そういうサーキットだからドライバー全員が大好きなんだ」
その起源を踏まえると、シルバーストンが高速サーキットの条件を揃えているのは驚きではない。シルバーストンは第二次世界大戦中に英国空軍の飛行場として誕生し、交差する3本の滑走路から爆撃機が出撃していたのだ。戦後はその平坦な地形、滑走路、外周道路、広大な敷地がモータースポーツに最適とされ、1948年にシルバーストン・サーキット初のメジャーイベント、RACグランプリが開催された。
しかし、シルバーストンの名前がグランプリ・レーシング史に正式に刻まれたのは1950年のことだった。この年、シルバーストンはF1世界選手権デビューレースの舞台になった。
以来70年に渡り、F1イギリスGP開催地としてのシルバーストンの人気は紆余曲折を経ていった。1950シーズンから5年に渡りイギリスGPをホストしたあと、イギリスGP開催サーキットの栄誉はエイントリー(1950年代〜1960年代前半)、ブランズハッチ(1964〜1986年)との持ち回りになった。しかし、1987シーズン以降はシルバーストンがイギリスGP不動のホームとなっており、現時点でシルバーストンより多くのF1レース開催実績を持つサーキットはモナコとモンツァだけだ。
1951シーズンのホセ・フロイラン・ゴンザレスによるフェラーリ初優勝、1967シーズンに生涯最後・通算5回目の母国GP優勝を飾ったジム・クラークの壮絶なドライブ、1980年代後半に英国人ファンから “我らがナイジ(Our Nige)” と愛されたナイジェル・マンセルが繰り広げた名勝負、1994シーズンのデイモン・ヒルによる母国GP初制覇、1995シーズンのジョニー・ハーバートによる驚きの母国GP優勝など、シルバーストンはF1史に残る数多の名場面の舞台になってきた。
そして、このように非常に長く豊かなシルバーストンの歴史には、レッドブル・レーシングも深く関わっている。レッドブル・レーシングもこのサーキットで非常にスペシャルな瞬間を味わってきたのだ。
まず、2009シーズンのセバスチャン・ベッテルがポールポジションから圧倒的なドライブを見せてチーム通算2勝目を挙げ、レッドブル・レーシングにイギリスGP初制覇をもたらした。
翌2010シーズンには、マーク・ウェバーがターン1でベッテルに真っ向勝負を挑んで優勝をもぎ取るドラマティックなレースを見せてチームにイギリスGP通算2勝目をもたらした。ウェバーは2012シーズンのイギリスGPでも優勝し、レッドブル・レーシングはイギリスGP通算3勝目をマークした。
さらに、2013シーズンのウェバー現役最後のエモーショナルレース、2016シーズンのウェットコンディションながらニコ・ロズベルグをパスして2位を獲得したマックス・フェルスタッペンのスーパードライブ、通算3回のポールポジションもシルバーストンで記録されている。レッドブル・レーシングがこのサーキットに特別な思いを持つのは当然なのだ。
しかし、スピードと歴史、成功だけが特別な思いの理由ではない。サーキットを取り巻く雰囲気とファンのおかげでシーズン屈指のエネルギッシュなレースウィークエンドになることも、このサーキットに特別な思いが寄せられている理由だ。
シルバーストンはレッドブル・レーシングの本拠地ミルトンキーンズから最も近いサーキットで、オーストリアGPと並んで彼らのホームレースとして位置づけられている。
そのため、チームがシルバーストンへ向かう時は大所帯になる。通常、イギリスGPはファクトリースタッフが現場に足を運べる数少ないチャンスになるからだ。この結果、イギリスGP開催時のチームはフェスティバルのような雰囲気になる。
さらに、レースデイに13万人のファンが詰めかけるレースは世界でほんのひと握りだが、シルバーストンのF1はそのひとつで、このサーキットに大挙するファンは誰もがF1への深い造詣と激しい情熱を持ち合わせている。
しかし、何より素晴らしいのは、英国モータースポーツファンの特色である、彼らのドライバーだけでなくチームも含めて応援する姿勢だ。また、彼らはそれぞれ贔屓のドライバーを抱えているが、ドライバーが本物のスキルと勇気を見せれば出身国や所属チームがどこであろうと称賛する。
マックス・フェルスタッペンは「シルバーストンのコーナー群は超高速でコプスは全開だ! マゴッツも同じく7速全開でそれだけで十分クレイジーなのに、予選ではブレーキに触れさえしない。ダウンシフトするだけなんだ」と語る。
今年のシルバーストンには上記のようなチームとファンが生み出す素晴らしい雰囲気がないため、非常に寂しい2戦になるだろう。しかし、たとえグランドスタンドが静寂に包まれても、70年以上前にグランプリマシンの咆哮が初めて轟いた飛行場跡地に、マシンを限界スピードまでプッシュして常識を打ち破ろうとする20人のヒーローたちのドライビングサウンドが響き渡るのは確かだ。
そして、突き詰めて言えば、そのような鳥肌の立つ光景こそが、シルバーストンを特別な場所にしている理由なのだ。
カテゴリー: F1 / F1イギリスGP
サーキット最大の興奮と満足感を得られるセクションを訊ねた時に、「2速・3速の低速コーナーを備えたテクニカルで難しいスタジアムセクション」と回答するF1ドライバーはまずいない。
そのようなスタジアムセクションが、精度が求められない退屈なセクションが併存するサーキットのアクセントになるのは確かだが、ほぼすべてのF1ドライバーが最高に面白いと考えているセクション “高速コーナー” の血湧き肉躍る興奮は絶対に与えてくれない。
そして、シルバーストンほど高速コーナーが充実しているサーキットはカレンダーのどこにも存在しない。
目を閉じて思い浮かべてみよう…。スタート / フィニッシュラインを全開で駆け抜け、8速にギアを入れると同時に右へ鋭くターンし、改修されたターン1のアビーを300km/hで疾走する。その直後に待ち受けているブルックランズに7速・約290km/hで進入し、320km/hで右に旋回するコプスで心臓が口から飛び出しそうになる感覚を味わったあとは、曲がりくねったマゴッツ / ベケッツ / チャペルの複合セクションをすり抜ける。その感覚は、12.3Gの横Gに耐えながら290 km/hで蛇行するヘビの背に乗っているかのようだ。しかも250km/hの高速右コーナーのストウも控える。ドライバーたちがシルバーストンを神聖視するのは当然だ。
「個人的には好きなF1サーキットベスト3に入るね」と2019シーズンのイギリスGP前に語ったのはアレックス・アルボンだ。
「速くて流れが良いし、ドライバーが好むすべての要素が詰まっている。高速コーナーでダウンフォースを目一杯効かせると優れたマシンが本領を発揮する。そういうサーキットだからドライバー全員が大好きなんだ」
その起源を踏まえると、シルバーストンが高速サーキットの条件を揃えているのは驚きではない。シルバーストンは第二次世界大戦中に英国空軍の飛行場として誕生し、交差する3本の滑走路から爆撃機が出撃していたのだ。戦後はその平坦な地形、滑走路、外周道路、広大な敷地がモータースポーツに最適とされ、1948年にシルバーストン・サーキット初のメジャーイベント、RACグランプリが開催された。
しかし、シルバーストンの名前がグランプリ・レーシング史に正式に刻まれたのは1950年のことだった。この年、シルバーストンはF1世界選手権デビューレースの舞台になった。
以来70年に渡り、F1イギリスGP開催地としてのシルバーストンの人気は紆余曲折を経ていった。1950シーズンから5年に渡りイギリスGPをホストしたあと、イギリスGP開催サーキットの栄誉はエイントリー(1950年代〜1960年代前半)、ブランズハッチ(1964〜1986年)との持ち回りになった。しかし、1987シーズン以降はシルバーストンがイギリスGP不動のホームとなっており、現時点でシルバーストンより多くのF1レース開催実績を持つサーキットはモナコとモンツァだけだ。
1951シーズンのホセ・フロイラン・ゴンザレスによるフェラーリ初優勝、1967シーズンに生涯最後・通算5回目の母国GP優勝を飾ったジム・クラークの壮絶なドライブ、1980年代後半に英国人ファンから “我らがナイジ(Our Nige)” と愛されたナイジェル・マンセルが繰り広げた名勝負、1994シーズンのデイモン・ヒルによる母国GP初制覇、1995シーズンのジョニー・ハーバートによる驚きの母国GP優勝など、シルバーストンはF1史に残る数多の名場面の舞台になってきた。
そして、このように非常に長く豊かなシルバーストンの歴史には、レッドブル・レーシングも深く関わっている。レッドブル・レーシングもこのサーキットで非常にスペシャルな瞬間を味わってきたのだ。
まず、2009シーズンのセバスチャン・ベッテルがポールポジションから圧倒的なドライブを見せてチーム通算2勝目を挙げ、レッドブル・レーシングにイギリスGP初制覇をもたらした。
翌2010シーズンには、マーク・ウェバーがターン1でベッテルに真っ向勝負を挑んで優勝をもぎ取るドラマティックなレースを見せてチームにイギリスGP通算2勝目をもたらした。ウェバーは2012シーズンのイギリスGPでも優勝し、レッドブル・レーシングはイギリスGP通算3勝目をマークした。
さらに、2013シーズンのウェバー現役最後のエモーショナルレース、2016シーズンのウェットコンディションながらニコ・ロズベルグをパスして2位を獲得したマックス・フェルスタッペンのスーパードライブ、通算3回のポールポジションもシルバーストンで記録されている。レッドブル・レーシングがこのサーキットに特別な思いを持つのは当然なのだ。
しかし、スピードと歴史、成功だけが特別な思いの理由ではない。サーキットを取り巻く雰囲気とファンのおかげでシーズン屈指のエネルギッシュなレースウィークエンドになることも、このサーキットに特別な思いが寄せられている理由だ。
シルバーストンはレッドブル・レーシングの本拠地ミルトンキーンズから最も近いサーキットで、オーストリアGPと並んで彼らのホームレースとして位置づけられている。
そのため、チームがシルバーストンへ向かう時は大所帯になる。通常、イギリスGPはファクトリースタッフが現場に足を運べる数少ないチャンスになるからだ。この結果、イギリスGP開催時のチームはフェスティバルのような雰囲気になる。
さらに、レースデイに13万人のファンが詰めかけるレースは世界でほんのひと握りだが、シルバーストンのF1はそのひとつで、このサーキットに大挙するファンは誰もがF1への深い造詣と激しい情熱を持ち合わせている。
しかし、何より素晴らしいのは、英国モータースポーツファンの特色である、彼らのドライバーだけでなくチームも含めて応援する姿勢だ。また、彼らはそれぞれ贔屓のドライバーを抱えているが、ドライバーが本物のスキルと勇気を見せれば出身国や所属チームがどこであろうと称賛する。
マックス・フェルスタッペンは「シルバーストンのコーナー群は超高速でコプスは全開だ! マゴッツも同じく7速全開でそれだけで十分クレイジーなのに、予選ではブレーキに触れさえしない。ダウンシフトするだけなんだ」と語る。
今年のシルバーストンには上記のようなチームとファンが生み出す素晴らしい雰囲気がないため、非常に寂しい2戦になるだろう。しかし、たとえグランドスタンドが静寂に包まれても、70年以上前にグランプリマシンの咆哮が初めて轟いた飛行場跡地に、マシンを限界スピードまでプッシュして常識を打ち破ろうとする20人のヒーローたちのドライビングサウンドが響き渡るのは確かだ。
そして、突き詰めて言えば、そのような鳥肌の立つ光景こそが、シルバーストンを特別な場所にしている理由なのだ。
カテゴリー: F1 / F1イギリスGP