F1 アレクサンダー・アルボン レッドブル・ホンダ
アレクサンダー・アルボンは、F1ベルギーGPからレッドブル・レーシングのF1ドライバーを務めることになった。

アレクサンダー・アルボン(23歳)は、ジョージ・ラッセルやランド・ノリスとともにF2から今年F1に昇格したドライバーのひとり。トロロッソ・ホンダのF1マシンを走らせてからわずか6か月でピエール・ガスリーに代わって、トップチームのドライバーに大抜擢された。

一度はレッドブルのジュニアプログラムから外されながらも、自力でF1ベルギーGPからレッドブル・ホンダのドライバーとしてグリッドにたどり着いたアレクサンダー・アルボンについて知っておくべき情報をまとめてみた。

F1史上2人目のタイ国籍ドライバー
ナイジェルという名の父を持ち、ロンドンに生まれ、英国・イプスウィッチの私立校で学び、同国・ハートフォードシャーの街、ホッデスドンでレーシングカートを初体験したアルボンだが、母親がタイ出身のため、F1にはタイ国籍ドライバーとしてエントリーすることになる。長いF1の歴史の中で、過去にタイ国籍で出走したドライバーは、ビーラポンパーヌデート=パーヌパン親王(タイ王国王子。エントリー名は「B.Bira / B.ビラ」)しかいない。パーヌパン親王もまた英国イートン校やケンブリッジで青年期を過ごし、F1世界選手権黎明期の1950〜54シーズンで計19戦に出走した。

父ナイジェルはBTCCで活躍した元レーシングドライバー
父親ナイジェル・アルボンも数々の国際的なレーシングシリーズに参戦した経験を持っているが、息子のアレクサンダーと異なるのは、ナイジェルがルーフ付きのマシンを主にドライブしてきた点だ。彼はRenault Clio Cup に参戦したあと、1990年代初頭にBTCC(英国ツーリングカー選手権)のインディペンデント・カップでRenault 19をドライブし、その後も2005〜2007シーズンの3シーズンに渡り、Porsche Carrera Cup Asiaに参戦した。

一度はRed Bull Junior Teamから脱落するも、自力でステップアップした
2008年に弱冠12歳でRed Bull Junior Teamに抜擢されたアルボンは、2012シーズンにスペインのチームEPICからユーロカップ・フォーミュラ・ルノー2.0シリーズに参戦した。総合38位と低迷し、Red Bull Junior Teamプログラムから脱落したアルボンだったが、翌2013シーズンにKTCチームへ移籍して同シリーズへの参戦を続けると、リザルトが伸びを見せ始めた。

「マシンに乗り込むたびに、懸命に努力して自分を印象付けようとしてきた」とアルボンは語る。

「僕を信じてセカンドチャンスを与えてくれたレッドブルとヘルムート・マルコ博士に深謝したい」

奇しくも、2012シーズンのユーロカップ・フォーミュラ・ルノー2.0シリーズにはのちにF1へ進出するドライバーたちが揃って参戦していた。2012年のRed Bull Junior Teamメンバーには、ダニール・クビアト、カルロス・サインツ(2012年当時はF3参戦中)の姿がいた。また、当時のアルボンのライバルにはエステバン・オコンやストフェル・バンドーンもいた。

さらには、ラリークロスへ転向する前のティミー・ハンセン(現在はPeugeot 208でFIA世界ラリークロス選手権に参戦中)や、2019シーズンからAston Martin Red Bull Racingに加入するピエール・ガスリー(当時16歳)なども、2012シーズンのユーロカップ・フォーミュラ・ルノー2.0シリーズに参戦していた。

GP3時代のチームメイトはシャルル・ルクレール
アルボンが2016シーズンのGP3に参戦していた当時のチームメイトは、今やF1で高い評価を受けるシャルル・ルクレールだった。このシーズンはルクレールがチャンピオンに輝き、アルボンは総合2位に終わったが、シーズンの合計勝利数で見ると、アルボンはルクレールの3勝を上回る4勝を記録している。

ルクレールもアルボンと同じく、レーシングカートからフォーミュラ・ルノーへステップアップしたドライバーだ。ちなみに、ルクレールは2013シーズンのCIK-FIA ワールドKZチャンピオンシップであのマックス・フェルスタッペンに次ぐ総合2位を獲得している。2017シーズンにFIA F2へステップアップしたルクレールは、参戦初年度でF2史上最年少チャンピオンに輝き、2018シーズンにSauberからF1デビュー。2019シーズンからセバスチャン・ベッテルと共にFerrariを背負う彼は、素晴らしいキャリアを歩んでいる。

2018シーズンのFIA F2で大活躍
F1のフィーダーシリーズとして2017シーズンにFIA F2が復活したことは、アルボンにとってもグッドニュースだった。初年度はART Grand Prixに所属し、数回の表彰台を獲得して総合10位で終えたアルボンは、2年目となる2018シーズンはDAMSに移籍。アゼルバイジャン・英国・ハンガリー・ロシアの各レースで優勝を飾った他、4度の表彰台を獲得して総合3位と大活躍を見せた。

トロロッソ・ホンダでF1デビュー
F2でのパフォーマンスは、ダニエル・リカルドのルノー移籍によってピエール・ガスリーの昇格を余儀なくされ、トロロッソ・ホンダのドライバーを探していたヘルムート・マルコの目を引いた。

日産とDAMSとの長い交渉の末、アレクサンダー・アルボンはフォーミュラE契約から解放され、トロロッソと契約。バルセロナでのプレシーズンシーズン前に行われたSTR14のシェイクダウンテストでキャリアで初めてF1カーを運転した。

アレクサンダー・アルボンは開幕3戦のうち2戦でポイントを獲得した。これには、ピットレーンからスタートして10位でフィニッシュした中国GPも含まれる。また、雨で大波乱のレースとなり、チームメイトのダニール・クビアトが3位表彰台を獲得したドイツGPでは、F1での初めてのウェットレースにも関わらず優れたパフォーマンスを発揮し、自己ベストとなる6位入賞を果たしている。

前半戦のピエール・ガスリーのパフォーマンスに忍耐が尽きたレッドブル・レーシングは、合計ポイントではダニール・クビアトに劣るもの、最近のレースでパフォーマンスの伸びしろを感じされているアレクサンダー・アルボンを起用するという賭けに出た。

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カテゴリー: F1 / アレクサンダー・アルボン / レッドブル / ホンダF1