MotoGPのマルク・マルケスとF1のマックス・フェルスタッペン──それぞれのスポーツにおける「最強」が、よく似たキャリアの転機を迎えている。かつてマルケスがホンダの象徴だったように、フェルスタッペンもレッドブルと強く結びついた存在と見られてきた。しかし両者は、自身の才能を最大限に発揮できるチームを失ったとき、その道を見直すことを余儀なくされた。
マルケスはMotoGP参戦当初からレプソル・ホンダのファクトリーチームに所属し、2013年から2019年までの7年間で6回のタイトルを獲得。2019年には全19戦中12勝、残りもすべて2位以内という圧倒的な成績を残した。この支配ぶりは、2023年にフェルスタッペンが22戦中19勝を挙げ、表彰台を逃したのが1度きりだったシーズンに匹敵する。だが、MotoGPの勢力図がドゥカティ優勢に傾いたことで、マルケスは競争力を失ったホンダマシンを限界まで操らなければならず、転倒が激増。2020年の開幕戦では右腕を骨折する大クラッシュに見舞われた。以後、ホンダのマシンは乗りにくさが際立ち、他のチームメイトも成績不振に陥った。同様に、レッドブルのマシンも“フェルスタッペン専用機”と化し、他のドライバー──ピエール・ガスリー、アレックス・アルボン、セルジオ・ペレス、リアム・ローソンら──は乗りこなせず短命に終わった。その一方で、フェルスタッペンは多少劣ったマシンでも勝ち続ける圧倒的な才能を発揮。結果的にチームは彼のフィードバックを中心に開発が進み、さらに“彼専用”の色を強めていく構造が出来上がった。「我々は最速のマシンを作るために、持っている情報とデータを元に開発している」と、当時のチーム代表クリスチャン・ホーナーは語った。「それがうまくいって122勝を挙げてきた」しかし、その構造も永続ではなかった。2022年のスペインGPで投入されたフロントの応答性向上アップグレード以降、フェルスタッペンは一段と速くなったが、ペレスはそこから急降下した。マルケスは2023年末でホンダを離脱。2024年は1年落ちのドゥカティを使うグレジーニチームに移籍し、第2戦でスプリント表彰台に登壇、最終的には年間3勝・ランキング3位と復活を遂げた。そして2025年はドゥカティのワークスチームに加入。開幕からスプリントと決勝の両方で連勝し、現チャンピオンのフランチェスコ・バニャイアを完全に圧倒している。一方のレッドブルは、空力の天才エイドリアン・ニューウェイを失い、2024年のRB20は非常に扱いにくいマシンに。そして2025年のRB21に至っては、フェルスタッペンの比類なき才能を持ってしても「操縦困難」と言わしめる「ソリ」状態になってしまった。「うちのクルマはとにかく扱いにくい」とフェルスタッペン。「リアム(・ローソン)をレーシングブルズのクルマに乗せた方が速く走ると思う。あっちの方がずっと扱いやすいよ」事実、レースディスタンス全体で見れば、レッドブルの方がまだ速いが、それもフェルスタッペンが乗っているからにすぎない。「RB21には多くの課題がある」とレッドブルのチーム代表解任直前にホーナーは語っていた。「角田(裕毅)の経験は、現在のマシン開発に大いに役立つだろう」そうした中で、メルセデスやアストンマーティンがフェルスタッペン獲得を狙っているという報道もある。特にアストンマーティンは、エイドリアン・ニューウェイを引き抜いた上に、ホンダのワークスパートナーとして2026年からF1に復帰する体制を整えている。さらにアストンは、フェルスタッペンに対して「5年で12億ドル(約1,920億円)」という破格のオファーを提示したとの噂まである。実現すれば、フェルスタッペンはかつての名エンジニアと再会し、ホンダのパワーユニットで走ることになる。マルケスは「隣の芝生は本当に青かった」と証明してみせた。フェルスタッペンにとっても、その芝生は“グリーン”だけでなく、金銭的にも“グリーンバック”に満ちた場所になるかもしれない。