笹原右京が、ユーロカップ・フォーミュラ・ルノー2.0 第2大会 スパ・フランコルシャンのレース週末を振り返った。ARTジュニアチーム所属の笹原右京は、2番グリッドからスタートした決勝レース1で優勝、ポールポジションからスタートした決勝レース2で2位となった。5月29日に実施された50分間×2回の練習走行を経て、30日に実施された予選1回目は2組に分けられ、笹原右京はグループAに割り当てられた。
走り始めから速さを見せ、昨年6月1日にNyck de Vriesが記録したコースレコードを上回る2分16秒865の自己ベストを記録してグループAの2番手となり、しかも、グループAで最速タイムを記録したライバルが、前大会の違反に対して科されたペナルティで4グリッド降格。これで笹原右京の順位が繰り上がり、グループBトップの選手に続いて最前列2番グリッドから決勝レース1に臨むこととなった。30日の決勝レース1、笹原右京は鋭い加速で第1コーナーのオールージュへ進入、上り坂のラディヨン手前でトップに立ちレースを開始した。しかし、3周目に発生した事故でセーフティカー(SC)が導入、4周終了時点でSCが退去してレース再開となりました。笹原右京はコントロールライン上で0.048秒差まで迫ってきた2番手のプレッシャーに耐えてトップを維持し、徐々その差を開き始めた。ところが、7周終了時点で約1.7秒まで開いた2番手との差は、レース終盤にかけてジリジリと縮まり始めた。それでも笹原右京は得意のセクター2で毎周毎周2番手を突き離して、0.715秒差で真っ先にチェッカードフラッグを受けた。EURO CUP FR2.0 での日本人ドライバーの優勝は、2005年の小林可夢偉(6勝を挙げて同年のシリーズチャンピオンを獲得)以来となる。31日の予選2回目にも笹原右京はグループAから出場。残り時間7分でグループAのトップタイムを叩き出すと、その翌周には2分17秒321でグループBのトップタイムを早くも上回った。さらに、残り時間3分で2分17秒117を記録してほぼポールポジションを手中にしたあと、いったんクールダウンラップを挟んで最後のタイムアタック。攻めすぎてコースアウトして自己ベスト更新には至らなかったものの、笹原右京はフォーミュラカーレースに転向してから初めてのポールポジションを獲得した。31日の決勝レース2、ポールシッターの笹原右京は再びスタートを決めて、1周目をトップで戻ってきた。自分のスリップストリームを使われないよう、序盤から攻めて後続を引き離した。その後、3番手から2番手へ浮上してきたライバルに6周終了時点で約2.4秒の差をつけて、このまま逃げ切るかと思われた。ところが2番手のライバルが快調なペースで笹原右京を徐々に追い上げ、11周終了時点でその差は約0.4秒にまで接近。迎えた最終周、笹原右京のスリップストリームを使った2番手のライバルがトップに躍り出た。笹原右京も最後まで粘って逆転を狙ったが、惜しくも約0.5秒差の2位に留まった。もっとも、優勝と2位の獲得でドライバーズランキングは6位へ急浮上。笹原右京の次のEURO CUP FR2.0 出場は、6月12〜14日にハンガリー・ブダペストで開催される第3大会となる。笹原右京「練習走行1 回目は、ブレーキの焼き入れを行ったあと、いざタイムアタックというときに雨が降り始めました。クルマの操縦性の確認はできたので、タイムや順位はまったく気になりませんでした。練習走行2回目は走り始めからクルマに勢いとグリップがあり、セッション中は常に上位に居ました。新品タイヤで良いタイムを出せましたが、自己ベストの周回は渋滞も少し影響しているので、まだまだ伸び代はあると思いました」「決勝レース1の優勝はホントに良かった! そして支援者さまへ結果を届けられることにホッとしました。スタートの反応がバッチリ決まり、すぐにトップのクルマの真横に並んでオールージュに入り、相手も踏ん張っていたので緊迫しながらも、ラディヨンを抜けたときには頭一歩前へ出てトップに立っていました。レースは全体的にセクター1 が遅く、これは7 速のギア比が合っていなくてエンジン回転が伸びなかったのが原因です。それでもセクター2 で後続を引き離して、一周で見れば帳尻を合わせることができました。操縦性については、予選まではアンダーステア傾向だったのですが、決勝ではオーバーステアが強くなり戸惑いがありました。レース序盤にセーフティカーが入ったのは、僕にとっては幸いでした。2 番手の選手が3 番手の選手と競り合うことで、自分に対するプレッシャーが少なくなったからです。念願のユーロカップでの表彰式、僕らのガレージはオールージュ近くに割り当てられて、表彰台まではかなり遠かったにもかかわらず、チームスタッフのほぼ全員が喜びを共有しに来てくれて感動しました。スパの表彰台で聴く君が代は最高でした!」「予選2 回目には、前日に悩まされたアンダーステア対策を施して予選に臨むつもりでした。しかし、先に実施されたグループBの予選を見ていたら、意外にタイムが伸びていませんでした。そこで元のセッティングに戻して予選に挑んだ結果、コンディションにバッチリと合いました。トップタイムをほぼ手中にしたあとの最終周には、さらに2 分16 秒台を狙ってアタックし、セクター1 で自己ベストを記録したのでこれは行けるかなと思ったのですが、セクター2 でコースを飛び出してしまいました」「決勝レース2 の結果は本当に悔しくてたまらない気持ちです。スタートも決まり前半は快調でした。レース展開の面でも後ろが競り合ってくれたので引き離せていました。ところがマシンのセッティングの影響なのか、後半はガクッとタイヤが厳しくなりました。何とか最後まで持たせようと、必死でマシンをだましだまし運び続けましたが、最終ラップのケメルストレートに入ったところで後ろにぴったりと食いつかれて、ペナルティと紙一重のところで必死に抵抗し粘りましたが、それ以上は為す術なしでした。反面、あの状況でよく最終ラップまで持ちこたえたとも感じます。レース後も、いろんな悔しさがありずっと考えています。この悔しさをバネに、次戦もチームとともに精一杯やっていきます。今後も皆さまのご声援とご支援をよろしくお願い致します!」
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