佐藤琢磨が、インディ500の翌週にダブルヘッダーで行われた第7戦・第8戦 デトロイトのレース週末を公式サイトで振り返った。インディ500を優勝したドライバーが翌週のレースで不振に陥るのはよくあることだが、デトロイトのベルアイル・サーキットにおける佐藤琢磨は例外だった。インディ500で大金星を掴んだ佐藤琢磨は、チャンピオンシップ争いでトップのエリオ・カストロネヴェスと11点差で3番手につけていた。
デトロイトでポールポジションを獲得し、ダブルヘッダーのレースを4位と8位で終えた佐藤琢磨は、依然としてポイントリーダーと11点差の3番手につけているが、新たにトップに浮上したのはスコット・ディクソンだった。インディ500の後で佐藤琢磨がどんな日々を過ごしていたかを考えれば、これは立派な成績だったといえる。「まったく休むヒマがありませんでした」と佐藤琢磨。「ウィナーズ・サークルで大喜びした後、記者会見や囲み取材を終えてから5本のインタビューと10本のサテライト・インタビューを行いました。夜の8時30分になっても僕は濡れたレーシングスーツを着たままでしたが、ミルクがあまりイヤな匂いを発しないのは驚きでした! その後、市内でアンドレッティ・オートスポーツのディナーがあって、午前3時にようやく眠りにつきました」月曜日にも早朝からの写真撮影や数多くの取材をこなしたのに続き、恒例のバンケットに出席した後、深夜にニューヨークへ飛びました。翌日はタイムズスクエアにあるNASDAQの証券取引所で取引開始のベルを鳴らし、それから11時間にわたってメディア対応をこなすとエンパイア・ステート・ビルを訪れ、真夜中にテキサスへと飛んだ。「僕たちはダラス・カウボーイの本拠地を訪れましたが、ここはマクラーレンのようにすごいところでした。すべて清潔で、床は大理石で、本当に驚くべき施設でした。インディ後のツアーはとても興味深いものでした。たくさんの人たちが『あれはクレイジーだよ』と言っていて、僕もそうだと予想していたのですが、実際にはとてもよかったと思います。すべてのメディア、そしてファンの反応に僕は心から感謝します。インディカーはすべてをまとめるために素晴らしい仕事をしてくれました。スケジュールは1秒単位で進行しているかのようでした。F1時代を含め、こんな経験をしたのは初めてでした!」金曜日に行われたフリープラクティスで、佐藤琢磨はようやくNo.26アンドレッティ・オートスポーツ・ダラーラ・ホンダのコクピットに戻ることができた。「小さなコクピットに戻り、ハーネスを締めてヘルメットのシールドを下ろし、ひとり静かな世界に身を置く・・・。メディアの皆さんも素晴らしかったけれど、いつもの仕事に復帰できてとても嬉しく思いました」「2回のセッションはどちらもうまくいきました。最初のセッションでは特にコンペティティブで、とりわけ嬉しく思いました。インディに勝った後のデトロイトに100%の体調で臨めるとは予想していませんでしたが、いきなり限界ギリギリのドライビングをしてコンペティティブなラップタイムが刻めたことで喜びを感じました。デトロイトの市街地コースは、インディアナポリスとはまるで異なります。路面がスムーズで230mph(約368km/h)で走るスーパースピードウェイから、もっともバンピーなサーキットのひとつで肉体的にも厳しく、レイアウトもチャレンジングなコースへと一転するのですから・・・。今年、コースは大規模に改修され、メインストレートやバックストレートはこれまでよりはるかにスムーズになったため、ボトミングする機会も減りました」「2回のセッションで記録されたタイムが必ずしもそのときの状態を反映しているわけではありませんが、それでも僕たちがコンペティティブであることには自信がありました。ソフトめのレッド・タイヤでの感触を掴み、僕たちはまずまず満足してセッションを終え、予選に向けた準備を終えたのです」デトロイトのダブルヘッダーではユニークなフォーマットが採用されている。各レースのスターティンググリッドを決める予選がそれぞれ行われるのだが、いずれも全エントリーを半分に分割した予選グループごとに計測を実施するのだ。土曜日の午前中、佐藤琢磨は自分が属する予選グループでグラハム・レイホールに次ぐ2番手となり、3番グリッドからスタートすることが決まる。「わずかコンマ1秒差でした。マシンのスピードにも2列目グリッドを手に入れられたことにも満足でした」レースは先行するレイホールとカストロネヴェスを佐藤琢磨が追う展開で膠着状態に陥る。そしてカストロネヴェスと佐藤琢磨は早めにレッド・タイヤからブラック・タイヤへの交換を行ない、3ストップでレースを走りきる作戦を選択した。しかし、後になってこれが正しい戦略ではなかったことが証明される。というのも、この日のレースでイエローになったのは2回だけで、いずれもレース前半に提示されたからだ。「エリオとグラハムは異次元の速さでした。彼らはあっという間に見えなくなり、僕はアレックス(アレキサンダー・ロッシ)とディクシーの前方を走行していました。僕たちは全員レッド・タイヤでスタートしましたが、誰もがデグラデーションで苦しんでいるようで、一部のドライバーはブラック・タイヤに交換すると、予想どおりコンペティティブなタイムを刻むようになりました。そこで僕たちもタイヤを交換しました。実際のところ交換が必要な状況だったのですが、これでレース戦略は必然的に3ストップとなり、難しい立場に追い込まれることになりました」レース終盤、佐藤琢磨は7番手で、その直後にカストロネヴェスがつけていた。ただし、ブラジル人ドライバーは3回目で最後となるピットストップをすでに終えおり、ふたりは他のドライバーを大きく引き離していた。残り5周で最後のピットストップを行おうとする佐藤琢磨にとって、これは絶好のチャンスだった。給油のみ行えば、カストロネヴェスの先行は許すものの、順位はひとつ落とすだけの8位でフィニッシュできるからだ。そして佐藤琢磨は最後の数マイルをまるでロケットのような速さで駆け抜けていったのである。「ピットストップを終えたところで誰かの後方につけてしまうのは、よくあることです。ただし、いまのエアロ・パッケージで誰かを追うのは非常に困難なため、これがレース戦略面にも大きな影響を与えています。いずれにせよ、最終結果は大きく変わらなかったともいえます。僕は、できるだけ燃料をセーブして最後のピットストップを引き伸ばさなければいけ...
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