クリスチャン・ホーナーが突如レッドブルのF1チーム代表およびCEOの職を解かれたことは、マックス・フェルスタッペンの将来に重大な影響を与える可能性がある。そして皮肉にも、この人事劇そのものが、フェルスタッペンの動向の結果だった可能性もある。古代ローマ帝国は一日にして成らず、また一夜にして崩壊したわけでもない。内的な不和、経済や軍事の衰退、そして外部からの圧力によって徐々に瓦解していった。
その崩壊の様は、近年のレッドブルF1に重なる。創始者ディートリッヒ・マテシッツの死以降、組織の結束は乱れ、チームは分断され、陰りが見え始めていた。そして今、ホーナーが職を追われたという衝撃のニュースは、突然のようでありながら、実は「時間の問題」だったと捉える者も少なくない。ホーナーは20年間にわたり、失敗作だったジャガーの残骸を現代のF1王者チームへと作り上げた。その功績は計り知れない。一方で、デザイン部門のエイドリアン・ニューウェイ、エンジニアのロブ・マーシャル、スポーティングディレクターのジョナサン・ウィートリーといった重要人物の離脱、莫大なコストとリスクを伴うレッドブル・パワートレインズへの傾倒、そして私生活に関わる問題――こうした要素が複雑に絡み合い、ホーナーの立場を揺るがしてきた。その間にチームは凋落し、現在はコンストラクターズ選手権4位。2025年の両タイトルはすでに絶望的だ。それでもホーナーはこれまで危機を乗り越えてきた。2024年には女性社員への不適切行為の疑惑も受けたが、社内調査の結果、無罪とされている。タイ側のオーナー、チャレルム・ユウウィッディヤの支持を得て続投を許されてきたが、今回の電撃解任は、オーストリア側の支持も失ったことを意味している。レッドブルとホーナーの「フェルスタッペン依存」が裏目に?ホーナー失脚の要因は複数あるが、最大の存在はやはりマックス・フェルスタッペンだろう。2025年の不調なマシンでも、彼はポールポジション4回、優勝2回を挙げて孤軍奮闘。チームメイトのリアム・ローソンと角田裕毅が合計7ポイント(全て角田裕毅)にとどまる中、フェルスタッペンは165ポイントを稼ぎ出している。その絶対的なパフォーマンスに加え、チーム外での影響力も大きい。フェルスタッペン陣営は、レッドブル社内の権力闘争においてオーストリア側に肩入れしており、彼の長年の支援者ヘルムート・マルコとも結束していた。ホーナーとフェルスタッペン自身の関係は表面上は良好だったが、父親のヨス・フェルスタッペンは2024年のスキャンダル時から一貫してホーナー辞任を求めてきた。そして今、フェルスタッペンが2028年までの契約を途中解約できる「ミッドシーズン・ブレイク条項」の発動を検討しているとの噂が再燃している。その一方で、メルセデスとの交渉が再び活発化しているという報道もある。フェルスタッペンは去るのか、残るのかホーナーの解任がフェルスタッペンの意思とは無関係だった可能性も否定できないが、現在浮上しているのは2つの有力な説だ。ひとつは、フェルスタッペンを引き留めるための「代償」としてホーナーを切ったという見方。これはチームの長期的凋落を食い止めるために、ユウウィッディヤとマーク・マテシッツが決断を下したという筋書きだ。もうひとつは、フェルスタッペンがすでにレッドブルからの離脱を決断しており、その事実が最終的にユウウィッディヤのホーナー支持を撤回させたという説。つまり、チームの象徴的存在を失うことでホーナーも道連れとなったという図式だ。先週のF1イギリスGPでホーナーは「マックスはチームの重要な一部だが、彼がいなくなる日もいつか来る。だからこそ常に将来への投資が必要だ」と語り、2026年以降の自前パワーユニットによる新体制への期待も口にしていた。しかしこの発言は、逆にフェルスタッペンの将来を見越しているようにも受け取られた。残留を示唆するフェルスタッペン陣営の反応フェルスタッペンのマネージャー、レイモンド・フェルメーレンは、蘭紙「De Telegraaf」に対してこう述べている。「レッドブルの経営陣から、事前にこの決定について説明を受けていた。理由の詳細はチームから説明されるだろう。我々は今もパフォーマンスを高めることに集中しており、その点においては何も変わらない」また、フェルスタッペン自身もシルバーストンで「2026年に向けてチームを変えるのはリスキーではないか?」との質問に対し、「その通り。だから僕はレッドブルと契約している」と答えている。この発言からも、2026年の新レギュレーションを見極めたうえで2027年以降の移籍を検討するという現実的な戦略が伺える。果たしてホーナー退任は、フェルスタッペンが慣れ親しんだ環境で「新たなサイクル」を始めるための布石なのか、それとも彼が“ローマの廃墟”から逃れ、別の地で帝国を築く決意を固めた証なのか。答えはこれからの数カ月で明らかになる。
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