元F1ドライバーのマーク・ウェバーは、2010年にはレッドブルF1に対する愛情を失い始めていたと語る。2007年からレッドブルに所属していたマーク・ウェバーは、2009年にトロロッソから昇格したセバスチャン・ベッテルをチームメイトに迎える。F1で8シーズン目で経験を積んでいたウェバーは、少なくともチームから同等の待遇を受けることを期待したが、すぐにそれは幻滅へと変わった。
マーク・ウェバーは、2010年にはもはやレッドブルF1への愛情を失い始めていたと自叙伝で明かした。特にF1トルコGPでのセバスチャン・ベッテルとの同士討ちがターニングポイントだった。ウェバーはこのインシデントに対するチームの反応に非常に失望した。レッドブルはマーク・ウェバーとセスチャン・ベッテルが1-2体制でレースを進めていたが、41周目に2番手のベッテルが、首位のマーク・ウェバーにオーバーテイクを試みて接触。ベッテルはリタイアし、ウェバーは3位でレースを終えることとなった。攻撃を仕掛けたのはセバスチャン・ベッテルであり、インシデントの責任があると思ったマーク・ウェバーだが、レース後にテレビでベッテルがチーム代表のクリスチャン・ホーナーを含めたチームから背中を叩かれていたことを知る。「2010年中盤のイスタンブールからモントリオール、バレンシア、シルバーストンまで注目すべき4レースのシーケンスであり、レッドブル・レーシングに対する僕のポジティブな気持ちの終わりの始まりを示した」とマーク・ウェバーは述べた。「F1ファンは、その年のトルコとセブと僕がレースリードを争った悪名のある接触を覚えているだろう。その前日、僕に対して陰謀しているのかもしれないという風が吹いた」レッドブルは、土曜日以降、マシンにFダクトを使用しないことを選択した後、最終的なプラクティスに間に合うように新しい仕様のリアウイングをトルコに届けた。しかし、利用できるリアイイングは1つだけであり、チームはマーク・ウェバーのマシンではなく、セバスチャン・ベッテルのマシンにそれを搭載することを決定した。マーク・ウェバーは、レッドブルF1のモータースポーツアドバイザーであるヘルムート・マルコが、ジュニアプログラム出身のセバスチャン・ベッテルを優先することをすでに知っていたが、チーム代表であるクリスチャン・ホーナーが自分の味方である限りそれは問題ないと考えていた。だが、ピットウォールの反応を見たマーク・ウェバーは、レッドブルF1をコントロールしていたのは実際にはヘルムート・マルコだと結論付けた。「セバスチャンがチームのピットウォールでハグをしているのをテレビで見たとき、レッドブル・レーシングで誰が弦を引いていたのかについて深刻な疑問を抱き始めた」マーク・ウェバーの疑いは、シーズン中にマーク・ウェバーに新しいパーツが与えられなかったことで確認された。自身が装着していた新型フロントウィングを午前中のフリー走行で脱落させたベッテルに「盗られる」という逆境をものともせず、スタートでトップに立ったウェバーは、パンクで後方に下がったベッテルを後目に余トップでチェッカー。無線で「ナンバー2にしては上出来だろ?」と皮肉とも嫌味とも取れる発言を行った。マーク・ウェバーは、その後もレッドブルに所属したが、2013年シーズン初めのマレーシアGPでの“マルチ21”をめぐる最後の大決戦でレッドブルとのパートナーシップはすでに終了する運命にあった。その年でウェバーはF1を引退した。マーク・ウェバーと同じようにレッドブルを離れたダニエル・リカルドは、2018年のF1アゼルバイジャンGPでマックス・フェルスタッペンと同士討ちを演じた際にチームの対応に不信感を抱いたと語っている。 この投稿をInstagramで見る FORMULA 1®(@f1)がシェアした投稿 - 2020年 5月月30日午前1時58分PDT
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