マクラーレンMCL39が今季ライバル勢に対して示しているアドバンテージの核心には、同マシンのメカニカルおよび空力パッケージの統合された洗練性がある。フロントサスペンションのレイアウト──ハブに対して分離された下部ウィッシュボーンの接続構造、およびブレーキへと導かれる気流の流し方──は、フロントタイヤの温度コントロール性能において重要な役割を果たしていることはほぼ間違いない。
F1マシンにおいては、タイヤを素早く適正な作動温度まで引き上げ、その後は過加熱させずに安定させ続けることが課題となる。これには、ブレーキダクトとホイールリムを通じて流れる気流に対し、極めて精密な流量と方向のコントロールが要求される。さらに、フロントサスペンションの極端なアンチダイブ設計により、低速域でも車体前部を低く保ちつつ、リアのライドハイト上昇を最小限に抑えることが可能となっている。これらのメカニカルおよび空力的システムが連携してタイヤ温度を制御しつつ、広い速度域で高いダウンフォースを発生させることこそが、パフォーマンスの鍵となっている。左は部分組み立て状態の最新ブレーキダクト、右は標準的なアウタードラムを装着した完成状態。こうした中で、新たなフロントウイングがモントリオールで試験され、次戦オーストリアGPでの導入に向けた準備が進められた。この際、マシン設計の高い統合性ゆえに、ウイング単体だけでなく、サスペンションフェアリングやブレーキダクト周辺の細部に至るまで、いくつかの補完的な変更が必要となった。「今回のアップグレードはフロントエンドの空力システムを全体として進化させるものであり、フロントウイングと一体化したサスペンション改良を施している」と語るのは、エンジニアリング技術ディレクターのニール・ホールディ。「カナダで試験したフロントウイングとサスペンションフェアリングは、ひとつのパッケージとして開発されているんだ」このフロントウイングには、新たなエレメント形状とエンドプレートが採用されており、フロントタイヤ外側へのアウトウォッシュ(外向きの気流)をより強力に生み出す設計がなされている。加えて、“マーメイドテール”と呼ばれるボルテックス生成構造によってそのアウトウォッシュを加速。タイヤ上部と周辺の乱流を抑えるフィンも再設計されている。これらの変更は、チームによれば「さまざまな車両姿勢における空力性能を向上させること」を狙ったものだという。左が旧型のブレーキダクト、右が新型。見た目はよく似ているが、内部の流路が異なっており、ホイール周辺の乱流抑制フィンも再プロファイリングされている。また、サスペンションアームを覆うカーボン製の「サスペンションフェアリング」も再設計されている。「気流の整流性能を改善し、それにより空力性能の向上を図る」という目的である。こうした整流性能を最大限に活用するために、フロント周辺の空力デバイスも新たに導入された。今季を通じて、ブレーキダクトにも微妙な変更が加えられている。ブレーキディスクおよびキャリパーの周囲には、全チーム共通の標準アウタードラム(外装カバー)が装着されているが、その内側にはマクラーレン独自設計の内部シールドが存在する。この内部構造には可動式のパネルが設けられており、サーキットの特性に応じてブレーキの露出量を調整可能となっている。冷却空気の流路は非常に緻密に設計されている。ダクトの吸気口から内部に至る冷却気流の流れは青い矢印で、2つのドラム間で熱の移動を制御するシーリング壁の位置は赤い矢印で示されている。そしてマクラーレンは、このアップグレードを経たオーストリアGPおよびイギリスGPで今季最大となる圧倒的勝利を挙げた。チーム代表アンドレア・ステラは、これらの結果においてフロントエンドのアップグレードが大きく貢献したとみている。