ホンダは、F1で初めてコンストラクターズタイトルを獲得してから40周年を迎えたことを記念し、2026年のグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードで伝説的マシン「ウィリアムズ・ホンダ FW11」を走行させた。1986年の黄金時代を築いたFW11は、デイモン・ヒルと道上龍がステアリングを握り、「The Rivals – Epic Racing Duels(ライバルたちの壮絶な戦い)」をテーマに開催された今年のイベントで往年の雄姿を披露した。
ホンダ初タイトルをもたらしたFW11FW11は、ホンダのF1参戦史における大きな転換点となったマシンだ。ホンダは25年ぶりにF1へ復帰し、世界最高峰の舞台で再び頂点を目指す挑戦を開始。当時パートナーとなったのが、1978年から本格参戦を開始し、1980年と1981年にコンストラクターズ王者となっていたウィリアムズだった。当時のウィリアムズはカスタマーエンジンの限界を感じており、ホンダのワークスターボエンジンプログラムに将来を託した。しかし、この決断がすぐに結果へ結びついたわけではない。1980年代前半は各メーカーが出力競争を繰り広げる一方で、信頼性確保が最大の課題だった。1984年のダラスGPで初優勝を飾ったものの、度重なるリタイアが課題の大きさを物語っていた。「Eスペック」が流れを変えた転機となったのが、シーズン途中に投入されたRA165Eエンジン、通称「Eスペック」だった。改良型パワーユニットによって競争力は大きく向上し、翌1986年のタイトル獲得へ向けた土台が築かれた。そして1986年、ウィリアムズ・ホンダはシーズン9勝を挙げてコンストラクターズチャンピオンを獲得。ホンダにとってF1初の世界タイトルとなり、創業者・本田宗一郎の悲願も達成された。ポルトガルGPでタイトル獲得を決めた後、当時のホンダF1責任者だった桜井淑敏はレースレポートに次のように記している。「本田宗一郎さんがどんな表情をされるのか、早く見たい」デイモン・ヒルと道上龍がFW11をドライブグッドウッドでは1996年F1ワールドチャンピオンのデイモン・ヒルがFW11をドライブした。ヒルは1990年代にウィリアムズで活躍し、1996年にドライバーズタイトルを獲得。今回の走行は、1980年代の黄金期と1990年代の成功をつなぐ象徴的なイベントとなった。走行後、ヒルは40年前のF1マシンならではの魅力について次のように語った。「40年の間にF1マシンは大きく進化した。でも、このFW11は本当に特別なマシンだ。『あのマシンさえあれば世界チャンピオンになれたのに』と言うドライバーにも会ったことがあるけれど、その理由がよく分かる。ターボが効き始めると一気に加速し、丘を駆け上がるスピードは本当に恐ろしいほどだ。素晴らしい体験だった。ホンダ、このプロジェクトに携わったすべての皆さん、そしてウィリアムズに感謝したい」About yesterday... Damon Hill wraps up an unforgettable Friday at #FOS pic.twitter.com/MI7FQPcm3c— Honda Racing F1 (@HondaRacingF1) July 11, 2026 また、道上龍もFW11でデモンストレーション走行を行い、イベントへの喜びを口にした。「グッドウッドに来られて本当に興奮しています。このマシンは完璧で、本当に素晴らしいです。明日はもっと攻めて走りたいと思います」"I think the word in English is... Splendid'Honda's first-ever SuperGT champion Ryo Michigami is loving #FOS pic.twitter.com/61j0vRS36s— Honda Racing F1 (@HondaRacingF1) July 11, 2026 40周年が示すホンダF1の原点ウィリアムズ・ホンダが頂点に立つまでの道のりは決して平坦ではなかった。エンジントラブルに苦しみながらも改良を積み重ね、ワークス体制としてチームと密接に協力し続けたことで、1986年にはF1最強コンビへと成長した。今回の40周年記念は、単なる過去の栄光を振り返るものではない。継続的な技術開発、強固なパートナーシップ、そして失敗を乗り越える粘り強さが、ホンダをF1初戴冠へ導いたことを改めて示す機会となった。40年前に世界の頂点へ上り詰めたFW11は、ホンダF1が築いた栄光と挑戦の歴史を象徴する存在として、今なお多くのファンを魅了し続けている。