ホンダF1の広報を務める鈴木悠介が、F1オーストリアGPでの優勝の舞台裏を語った。2019年のF1第9戦オーストリアGPで、レッドブル・ホンダのマックス・フェルスタッペンが優勝。ホンダにとっては、2006年のハンガリーGP以来13年ぶり、そして、2015年のF1復帰以降初優勝となった。
「まず改めて、どんなときでもHonda F1を信じて温かい応援を下さるファンの皆さま、いつも本当にありがとうございます。皆さんの声や想いは、ファクトリーやサーキットで戦う僕の仲間たちにちゃんと届いていますし、いつも力をもらっています」と鈴木悠介はHonda Racing F1の公式サイトでコメント。「田辺(豊治/テクニカルディレクター)さんのレース後コメントにもあったように、『ようやく本当の意味での一歩を踏み出せた』ところですので、まだまだここからというところですが、それでも皆さんと喜びを分かち合えたのは僕たち全員にとって本当にうれしいことです」「前回のフランスGPの結果もあり、簡単なレースにはならないと思って臨んだ今回のオーストリアGP。オーストリアはレッドブルの母国で、スタンドはマックス(フェルスタッペン)のサポーターたちによってオレンジに染まっていました。紛れもない大舞台で、あのように後方からライバルをオーバーテイクして、自分たちの実力で勝利をつかみ取れると思っていた人は、チームの中でも少なかったかもしれません」「山本(雅史/マネージングディレクター)さんは金曜日から僕に『今週は勝つから、きちんと準備しておけ。レースにはそういう流れみたいなものがあるんだ』と真顔で言っていました。すごいですよね」「表彰式の後、ガレージからフェンスを隔てたコース上はすごい盛り上がりでした。ストレートを埋め尽くす『オレンジ色のカーペット』たちにサッカーのような「Hondaチャント」を唄ってもらい、その声援に田辺さん、山本さんが応えていた姿には、鳥肌が立ちました」「もちろん、神がかった走りを見せたマックスとマシンをきっちり仕上げたチームには感謝してもしきれません。誰の目から見ても明らかな、トップドライバーとトップチームの仕事でした。でも、僕がここで触れておきたいのは、それを支えた僕の同僚エンジニアたちのことです」「『エンジンモード11 ポジション5』という無線がTVでも流れたようですが、彼らは常にレースとパワーユニットの状態、チーム戦略などを注視しながら、その都度最適なエンジンモードを選択し、ドライバーに出来る限りのパフォーマンスを提供しています。その彼らが信頼性とパフォーマンスを天秤にかけ、どこまでリスクをとるかといった部分は、田辺さんやSakuraにいるエンジニアの決断が関わってきます。そしてそれ以前の大前提として、ファクトリー側から十分な信頼性とパフォーマンスが保証されたPUが提供される必要があります。その意味で、今回はこれまでHonda F1に関わってきた人たち全員で勝ち取った勝利だと思っています」「僕個人としては、2017年に1年間一緒に戦った長谷川祐介元総責任者から届いた、レース後の『おめでとう』のメッセージに、込み上げてくるものがありました。僕は当時担当として1年目で『広報として十分に守れなかった』という悔しさに似た思いもあります。みんなで一緒にお祝いできたら、こんなにうれしいことはなかったでしょう」「『技術は嘘をつかない』。エンジニアからよく聞く言葉ですが、僕自身この3年間、身に染みてそれを実感してきました。例えばサッカーの世界では、格下のチームが番狂わせを起こす、いわゆるジャイアントキリングというものが存在します。その多くはひたすら守りを固めて、一瞬の好機を逃さず得点するというものです。それも立派な戦術ですが、ことF1に限っては(ライバルが全員クラッシュでもしない限り)そういったことはほとんど起こりません。後方でゆっくり走っていても勝ちは巡ってきませんし、なにより必須条件として、レースを走りきる万全の信頼性が必要になります」「僕たちのレースでは、どれだけ徹夜して血の滲むような努力とともに開発しても、それが完璧に作られていなければ(もしくはネジを一つ締め忘れていれば)、パワーユニットは容赦なく壊れます。嘆いても願っても直りませんし、明確な解決策が必要になります。技術の前では、プライドや根性、プロセスや努力といった類のものはあまり意味をなしませんし、『技術力』がそのまま結果に現れるという意味で、非常に冷淡で残酷な世界だと感じます。魔法みたいなものは存在しないので、前に進むためには答えを見つけてそれを形にするしかないんです」「特に、2017年はそのことを強く実感しました。『これだけみんながんばっているのにダメなのか』と。自分が憧れ、信じてきたHondaのF1が苦しむ姿を間近で目にし、それに対して広報という立場の自分が何も貢献できないことも歯がゆく、悔しい日々でした。『俺が憧れてきたのはこんなHondaじゃない』と思ったときもありますが、今思うと、そうやって泥臭く苦しみながら進む姿こそ、僕の大好きなHondaという会社なのかもしれません」「そして、もう一つ感じることは、間違いなく『あのときがなければ今はない』ということです。あのころにトライと失敗の末にたどり着いた小さな発見の積み重ねにより、今のHonda F1がありますし、もっと言えば、この先の進歩もその積み重ねでしか得ることができません。『技術は嘘をつかない』というのは時に厳しいものですが、一方で、確実に積み重ねればそれに見合う成果が得られるものなのだと、最近思うことができるようになりました「長くなってしまっていますが、今回のサーキット風景をランダムにもう少しだけ。まずは田辺さんの表彰台。『あんなに大きなボトルでのシャンパンファイトは初めてだったけど、想像以上に出てくる勢いがすごかった!』そうです。そして恐らく、泣いていましたよね。シャンパンでよく分かりませんでしたが、あれはきっとそうなんだと思います。普段サーキットでは難しい顔をしていることが多いだけに(外では違いますよ!)あんなに楽しそうに感情を露にする姿を見られたことが嬉しかったです。ここまで僕たちを連れてきてくれて、本当にありがとうございますという思いです。みんな同じではありますが、抱えてきたプレッシャーの大きさは計り知れません。かつて担当していた元ドライバーの(ゲルハルト)ベルガーとのハグも、...