フェラーリの元会長ルカ・ディ・モンテゼーモロが、フェルナンド・アロンソのチーム離脱に至った経緯を回顧した。2010年にフェラーリに移籍したフェルナンド・アロンソは、デビュー戦となった開幕戦バーレーンGPで優勝。ワールドチャンピオン獲得にむけて素晴らしいスタートを切ったが、跳ね馬にタイトルをもたらすことなく2014年末にチームを離脱することになった。
フェラーリでの5年間でフェルナンド・アロンソは95戦を戦い、10勝、40回の表彰台を獲得したが、当jはレッドブルが全盛期であり、3度ドライバー選手権2位で終えることになった。ルカ・ディ・モンデゼーモロは、1970年代にフェラーリにマネージャーとして加入。チームを再編し、1975年にニキ・ラウダがドライバーズチャンピオンを獲得するなどチームを立て直し、1991年にフェラーリの会長に就任。カリスマ的な求心力をみせた。しかし、2014年にセルジオ・マルキオンネが率いたクーデターによって失脚。チームを去ることになった。ルカ・ディ・モンデゼーモロは、フェラーリのフェルナンド・アロンソ時代について BBC のインタビューで、F1がパワーユニット時代に突入した2014年は彼のF1キャリアで最悪のシーズンだったと振り返った。その年のヘレスで初めてフェラーリ F14Tをドライブしたキミ・ライコネンを思い返してルカ・ディ・モンテゼーモロは「彼は私に『エンジンにパワーがない』と言った。3日目はフェルナンドだったが、彼もまさに同じことを私に言った。そして、私は彼のシーズンは終わったと理解した。ルールは凍結されていたのでエンジンに取り組むのは不可能だったからね」とコメント。「あれはフェルナンドが『フェラーリに留まり続けても再びチャンピオンにはなれない』と言った瞬間だったと思う。本当に衝撃的な瞬間だった」そして、ルカ・ディ・モンテゼーモロは、2014年のシーズン開幕前に4度のF1ワールドチャンピオンであるセバスチャン・ベッテルと連絡を取るようになっていたと明かす。「彼はとても素敵なスイスのチョコレートの箱を持って私の家に来た。彼はスイスに住んでいるからね。それはシーズンが始める前だった」とルカ・ディ・モンテゼーモロは語る。「かいつまんで話せば、彼は『聞いてほしい。今シーズン、僕はチャンピオンに勝てないと思う。僕はフェラーリで走りたい』と私に伝えた」この時期、フェラーリ内部は混乱期にあり、長年チーム代表を務めていたステファノ・ドメニカリが更迭され、フェルナンド・アロンソに否定的なマルコ・マティアッチが後任として加入。セバスチャン・ベッテルがターゲットとなっていった。「当初、フェルナンドは『イエス』と言っていたが、その後『ノー』となり、『契約を更新したくない』と言った。マティアッチは、アロンソとの関係を終わらせることを支持していた。更新する方法を見つけるために深い交渉さえすることもなかった。だが、私はそうは確信できなかった」「もし、アロンソが私のところにやって来て『聞いてほしい。信じてほしい。僕はフェラーリはフェラーリだと考えているし、来年は改善できると確信している』と言っていたら、私は30秒で契約していただろう。私の懸念は、フェルナンドと会話のなかでいつも思い出すのは、彼は常にあまり確信がなく、とても批判的で、フェラーリが2015年に競争力をつける可能性をあまり信じていなかったことだ」「マティアッチは、我々がベッテルを獲得できるのであれば、変化は我々両方にとって良いことだと決めた。フェルナンドに関しては、残留していたとしても、心のなかに多くの疑いを抱いていただろう。我々にとっても非常に意欲的なドライバーではなかった。ベッテルはプッシュすることを望み、彼はフェラーリを愛していた。ミハエル(シューマッハ)はベッテルの最高のサポーターだった」「結局、私は『同意する。フェルナンドとの状況に関しては、彼はまだ最終決定を望んでおらず、待つことを望んでいる。彼は満足していない。彼は不満を言っている。彼を放出した方がいい。彼は外部で機会を見つけることができるし、我々にとっては新鮮な空気を入れた方がいい』と言った」その後、ルカ・ディ・モンテゼーモロの後任としてセルジ・マルキオンネがフェラーリの会長に就任することになる。「特定の瞬間まで、私はフェルナンドに将来を確信させ、モチベーションを与えられるようあらゆる手を尽くした」とルカ・ディ・モンテゼーモロは語る。「その後、2つの要素があった。私はフェラーリを離れることになると確信していた。なので、フェルナンドをあまりプッシュしたくなかった。私にはフェルナンドとの約束を守ることができなかったからね。フェルナンドに残留を納得させた後に離れるのは私にとって正しいことではなかった。フェルナンドにとっては『なぜ、離れるつもりだと言ってくれなかったのか?』となるだろ」「2つ目のことは、フェルナンドに納得できなかったからだ。私にとって、ドライバーのマインドが最も重要だ。フェルナンドが離れる決断をする前に彼とお金の話は一切していなかった。少なくともお金については検討していなかった」
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