ホンダの伝説的F1マシン「RA272」によるデモ走行は、角田裕毅にとって思い描いた結果にはならなかった。メキシコシティGP決勝の数時間前、角田裕毅(レッドブル・レーシング)はオートドローモ・エルマノス・ロドリゲスのコースに姿を現し、約60年前にホンダがF1初勝利を飾った記念すべきマシンを走らせた。
この走行は、1965年メキシコGPでのホンダ初勝利を記念するものだった。当時の舞台は同じメキシコシティのシウダ・デポルティーバ・マグダレナ・ミシュカ。ポールポジションはロータスのジム・クラークが獲得したが、レースを制したのはアメリカ人ドライバーのリッチー・ギンサー。彼にとって最初で最後のF1勝利であり、ホンダにとっても歴史的な瞬間となった。その1965年のレースはシーズン10戦目で最終戦。ギンサーとホンダの勝利は、英国勢以外のコンストラクターおよびドライバーによる唯一の優勝でもあった。角田はその栄光を讃えるべく、ギンサーが操った同じマシン「RA272」のステアリングを握った。しかし、走行は無念の結果に終わった。1周の半分を走行したところでセカンドギアに入らなくなり、ターン3とターン4の間でマシンを止めざるを得なかった。結局、角田にとってはこのサーキットで5回中4回目の“リタイア”という形になってしまった。2021年、2022年、そして昨年の決勝でもリタイアを喫しており、今回もまた悔しい形での幕切れとなった。ホンダRA272とリッチー・ギンサーの伝説ホンダRA272は、ホンダが自社で設計・製造したV12エンジンを搭載し、1965年のF1世界選手権で鮮烈な印象を残したマシンだ。メキシコの高地で行われた最終戦でギンサーが見事に勝利を収め、ホンダのF1史に初めて「勝利」という記録を刻んだ。その象徴的なマシンを角田裕毅が現代のF1ファンの前で再び走らせたことは、技術と情熱の系譜を体現するイベントだった。たとえ走行が短いものであったとしても、ホンダと日本人ドライバーが歩んできたF1の歴史を振り返る上で、意義深い瞬間だったと言える。ホンダ60年の軌跡と角田裕毅の象徴的存在今回のRA272デモランは単なる記念イベントではなく、ホンダのF1活動60周年の象徴的な節目でもあった。角田裕毅は2021年にホンダ製パワーユニットを搭載するマシンでF1デビューを果たし、2025年現在もそのDNAを継ぐレッドブル・レーシングのドライバーとして戦っている。彼がホンダ初勝利の地でステアリングを握ったことは、日本人ドライバーとしての系譜をつなぐ象徴的な行為でもある。メカニカルトラブルにより走行を完走できなかったものの、60年前の偉業を今に伝える“バトン”を受け取った存在としての意味は大きい。来季以降、ホンダがF1に復帰し、アストンマーティンとともに新しい時代を迎える中で、角田裕毅が再びその象徴としてどのような役割を果たすか。今回のメキシコでの短い走行は、その序章のようにも感じられる。 この投稿をInstagramで見る FORMULA 1®(@f1)がシェアした投稿