スクーデリア・アルファタウリ・ホンダで角田裕毅のパワーユニット(PU)を担当しているエンジニアの壬生塚が、その仕事について、そして、山本尚貴との絆について語った。レッドブル、アルファタウリにはそれぞれドライバー担当のエンジニアが4名おり、その4名を統括する形で、各チームに1人ずつ、PU担当のチーフエンジニアがいる。壬生塚はアルファタウリの角田裕毅担当のエンジニアで、本橋正充が、アルファタウリ担当のチーフエンジニアを務めている。
ドライバー担当の2名のエンジニアは、それぞれ「システムエンジニア」と「PUエンジニア」という役職を担っており、システムエンジニアは信頼性を担保するためにデータを見て対応を決めていく一方、PUエンジニアは走行中にエネルギーマネジメント(バッテリーの充放電)をはじめ、様々なレース状況に合わせて、PUのモードなどについてチーム経由でドライバーに指示を送っている。信頼性担当がシステムエンジニア、パフォーマンス担当がPUエンジニアという区分けが分かりやすいかもしれない。壬生塚エンジニアが、ホンダF1のコラムでPUエンジニアの仕事について語った。PUエンジニアの仕事とは?PUエンジニアはPUのパフォーマンスを司っているので、HRD-Sakuraが素晴らしい形に仕上げてくれたPUの性能を使い切るのも、余らせるのも僕たち次第です。もちろんSakuraや本橋さんの助言・サポートはありますが、僕のレース前のセッティングやレース中のスイッチ選択一つで角田選手のパフォーマンスが変わってしまうので、本当に責任重大な仕事だと思っています。直接ドライバーとコミニュケーションを取る機会も多いですし、今は角田選手が使いやすく、かつ最大限のパフォーマンスができるような設定や使い方を心掛けています。通常、レース週末に向かう前には、Sakuraも交えて、次にレースをするサーキットでのPUの使い方に関するシミュレーションを行います。昨年から予選からレースが終了するまでの間、ICE(エンジン)のパワーを変更することは禁止になったので、いまはエネルギーマネジメント、つまりバッテリーに充放電される電気エネルギーをどこで貯め、どのように使うかという部分がメインフォーカスになっています。ただ、量産車のハイブリッドエンジンとは異なり、MGU-H・MGU-Kという2つのモーターが複雑かつ精巧に絡み合って作用しているので、これも組み合わせのバリエーションが無限になってきます。エネルギーマネジメントはサーキットのレイアウトごとにある程度の傾向がありますが、それに加えて、チームのやりたいことや、ドライバーのドライビングスタイル・意図と言ったものがあります。こちらとしては膨大な量の選択肢を事前に用意してあるので、彼らの要望とPUの状況を考慮して情報を精査し、実際に走る中で最適なオプションを提示してあげるのが僕の仕事です。プッシュするのか、充電するのか、どこまでリスクを負うのか、攻めるのかと言ったことを、走行中にドライバーとコミュニケーションを取っているチームのレースエンジニアと話しながら決めていきます。時にはドライバーの意図とチームの意図、そしてPUサイドとしての我々の意図が異なる状況も出てきますが、目の前の状況のみでなく、これから先に起こることも見据えながら判断を下していきます。レースはすごいスピードで進んでいくので、状況に応じて瞬時に判断をしていく必要がある一方で、上に書いてあるように多くの要素を考慮しなければなりません。それがこの仕事の難しさでもあり醍醐味でもあるのですが、こういったことを可能としているのは、事前にSakuraなどと一緒に行う大量のシミュレーションデータが頭に入っているおかげです。もちろん、様々な部分でAIやビッグデータも活用もしていますが、最終的には自分の頭で判断することになります。したがって、「こういう時はこの選択肢」というバリエーションが、僕たちPUエンジニアの頭の中には詰め込まれています。山本尚貴さんと働いた経験が今も胸にといった感じで今の仕事を説明してみましたが、このような仕事を始めて担当し、多くを学ばせてもらったのが2014年のSuper Formulaでの経験です。当時、主に担当していたドライバーの一人として、これまで多くの国内タイトルを取り、現在も国内レースでトップドライバーとして活躍する、山本尚貴選手がいるのですが、ここで少しだけそのエピソードをご紹介できればと思います。2014年のSuper Formulaは、国内のレースエンジンが新しいレギュレーションに変更された初年度で、Hondaは他社に対して苦戦していました。Hondaドライバーの中でも、尚貴さんは特にエンジンフィーリングが悪く、2013年のチャンピオンでありながらもシーズン前のテストで下位に沈んでしまっているという苦しい状況でした。これについては、Hondaのエンジニアとしても本当に悔しく、かつ申し訳ない気持ちでした。尚貴さんは非常に頭がよく、エンジンに対するコメントも人一倍多いドライバーで、シーズン前のテスト時からいつも的確なフィードバックを受けていました。ただ、そんな中でもなかなか状況は改善せず、時には厳しい言葉をもらったこともありました。その内容については、今振り返っても本当にその通りで、エンジニアとして言い訳の余地もないのですが、僕はそういう言葉の中から、尚貴さんの前年のチャンピオンとしてのプライド・自信というものを感じていました。今でもそうですが、あんなに真面目なドライバーはなかなかいませんし、常に妥協を許さない人で、時には真面目すぎると思うことさえあります。ただ、一緒に仕事をすると「この人のために頑張ってあげたい」と強く思わせる人ですし、そう感じているのは僕だけではないと思います。オフシーズンを経て迎えた2014年開幕戦、鈴鹿でのレースも期待した改善が得られず、セッションで下位のまま時間が経過する姿に、本当に申し訳ない気持ちで一杯でしたし、実際に予選もQ2で敗退となってしまいました。しかし、この時にもらったエンジンに対するコメントが大きなヒントになり、そこでエンジンのセッティングを大きく変更する決断をしました。もちろん、事前に試せていないのでどうなるか分からないというリスクはあったのですが、当日朝のウォームアップで走り出した後すぐに、尚貴さんから無線で「エンジンはよくなった」とフィードバックをもらい、これまで抱えていたエンジンフィーリングの違和感を改善することができました。苦難を乗り越えた末の「ありがとう」の重みその日のレースではポイント獲得に至りませんでしたが、レース後に尚貴さんがHonda...
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