ホンダのF1撤退は、日本のモータースポーツファンだけでなく、世界的な金融危機の中でコスト削減を進めるF1界にとっても大きな衝撃を与えた。世界的に深刻な自動車産業危機が訪れているとはいえ、ホンダはこれまでモータースポーツを“ホンダのDNA”と言い続けてきており、その頂点に位置づけられるF1から“金融危機”の一言で撤退したことに、モータースポーツファン、そしてホンダファンは驚きとともに大きな失望を感じたに違いない。
しかし、今回の決断で本当にホンダはDNAを失ってしまったのだろうか。ここで、今回のホンダF1撤退を第3期ホンダF1の日本と英国の関係という視点から考えてみたい。第3期ホンダのF1体制は、栃木研究所を含む日本の本田技研工業株式会社と、元B・A・Rを母体とする英国のHonda Racing F1 Teamの2つの組織から成り立っていた。かねてから、日本と英国の連携は問題視されており、最近では、ほぼ英国のHonda Racing F1 TeamがF1活動の実権を握っていた言っても過言ではなかった。そして、先月末に中本修平がホンダF1を離れたことにより、日本と英国の距離は、さらに遠のいたと感じていた。その中での今回のF1撤退という決定。そして、そのHonda Racing F1 Teamを率いていたのがニック・フライという人物だ。ニック・フライといえば、スーパーアグリの撤退騒動での一連の振る舞いが記憶に新しい。そもそも佐藤琢磨をホンダから追いやったのもニック・フライの影響が大きいとされており、その後の佐藤琢磨の扱い、そしてスーパーアグリに対する介入や度重なる発言など、日本のホンダファンにとっての印象は良いものではない。これまで彼は、親会社である本田技研ではなく、あたかも彼がオーナーであるかのように振る舞ってきた。実際、スーパーアグリF1撤退の記者会見の場で、鈴木亜久里は「チームを支えてくれたホンダには最大限の感謝をしている」と本田技研への感謝の言葉を述べつつも、ニック・フライに対しては「フライはあくまでHRF1のCEOであって、ホンダのメンバーではない。僕にとってはフェラーリチームのCEOと同じ立場の人間。その彼が、なんで僕のチームのことをアレコレ言っていたのか、僕には理解できない」と不快感をあらわにしていた。仮にこのままHonda Racing F1 Teamの売却が実現した場合、どのようなことが予想されるだろう。ニック・フライがホンダF1撤退を予測していたとは思わないが、ここ2年間、ホンダは最下位争いをするほど成績が低迷していたにも関わらず、英国ではフルサイズ風洞や最新のドライビングシミュレーターなど、F1でも最高レベルといえる設備を整えてきた。彼はまた、フェラーリで一時代を築き上げた名将ロス・ブロウンを招くことに成功し、ロス・ブロウンの人徳のもと、ロイック・ビゴワなどの優秀な人材を確保している。またホンダは2008年シーズンを捨ててまで2009年マシンの開発を進めており、ロス・ブロウンいわく「トップ4に入れる」レベルのマシンを既に開発している。そして、ホンダエンジンを失ったとしても、ロスの人脈により、フェラーリエンジンを獲得する可能性が高い。ドライバーは、いまだ評価の高いジェンソン・バトンを保有しており、またセナというビッグネームを持つブルーノ・セナもほぼ確保している。ニック・フライの裏には、すでにプロドライブを率いるデビッド・リチャーズ、そして、スーパーアグリを買収する予定であった元同僚マーティン・リーチ率いるマグマ・グループ、そのマグマ・グループに投資する予定で土壇場になった手を引いたドバイ・インターナショナル・キャピタルが控えているという。もし、このままチームの運営資金をそっくり提供してくれる投資家が見つかれば、ニック・フライは、これらの優れたチームをわずか1ドルたらずの低価格で手に入れる可能性があるのだ。現場から伝わってくる声を聞いても、日本のホンダがレーシングスピリッツを持った集団であったことは間違いないだろう。昨年スーパーアグリが与えた感動こそ、日本のホンダのスピリッツであるとも感じている。撤退会見での福井社長の「今でもF1をやりたいという気持ちは非常に強い」という言葉に嘘偽りは全く感じられなったし、完全撤退という苦渋の決断によって、これからホンダを再建していこうという強いチャレンジ精神さえ感じた。しかし、英国のHonda Racing F1 Teamはどうか。どうしてもレース屋ではなく、ビジネスを念頭に置いた政治を楽しむ“政治家”にしか見えなかった。レース屋としての緊張感が感じられなかった。いや、Honda Racing F1 Teamのスタッフは懸命に努力をしていたかもしれない。しかし、上層部、というかニック・フライの振る舞いにそれを感じることができなかった。いまさら何を言っても手遅れではあるが、本田技研は、第3期創設時にそもそも組む相手を間違ってしまったのではないだろうか。もう少し、日本のホンダとしての意見を貫いても良かったのではないか。本田技研は、1ドルとも言われる低価格で英国の施設を手放すとも言われているが、本当にそれで良いのだろうか。もちろん、英国にいる800名近いスタッフの雇用を守ってあげることは優先されるべきだ。英国のHonda Racing F1 Teamがもっとドライにコスト削減を進めることは想像に容易い。しかし、世界企業としてのイメージだけではなく、日本の、そしてレース屋としてのせめてものプライドをなんらかのカタチで見せてほしいと願う。(F1-Gate.com)