元FIA会長のマックス・モズレーが、癌でなくなったことを家族が発表した。享年81歳。弁護士で元レーシングドライバーのマックス・モズレーは、様々なモータースポーツカテゴリーで大きな成功を収めた。そして、1970年代にF1で3勝を挙げたコンストラクターズ兼レーシングメーカーのマーチ・エンジニアリングの5人の創設メンバーの一人だった。
FOCA(Formula One Constructors' Association)内のマーチの代表となったマックス・モズレーは、そこでFOCAのボスだったバーニー・エクレストンと親しくなり、その後、組織の公式法律顧問に就任。F1とチームを繋ぐ非常に重要な拘束力のある商業および財政契約であるコンコルド協定の初版の作成者の一人となった。政治的洞察力をもったマックス・モズレーは、1991年にモータースポーツの統治機関であるFISA(国際自動車スポーツ連盟)の会長選で当選。1993年にFIA会長にも就任すると、FISAをFIAに吸収し、代わりに世界モータースポーツ評議会を新設した。 おそらくモータースポーツで最も強力な才能であるバーニー・エクレストンとマックス・モズレーの組み合わせは、F1を10億ドル規模のビジネスとグローバルブランドへと成長させた。16年間のFIA会長の任期の間、マックス・モズレーは、1994年のイモラでのアイルトン・セナとローランド・ラッツェンバーガーの劇的な死を受けてモータースポーツの安全性を高めることに注力。ヨーロッパで実施されている自動車安全テストであるユーロNCAP(European New Car Assessment Programme)の導入を率いた。また、マックス・モズレーは、F1に予算上限を導入する取り組みにも熱心だった。この計画は、2009年にFIAを離れるまで成功することはなく、当時はコス削減に消極的だったF1チームとFIAとの対立および確執に繋がった。そんな中、2008年にマックス・モズレーは英国のタブロイド紙『ニュース・オブ・ザ・ワールド』にセックス・スキャンダルを報じられた。同紙は、モズレーが売春婦に鞭打たれるなど、ナチス風の服を着た5人の売春婦とのSM乱交プレイを行っているビデオを入手したことを伝え、ビデオをインターネット上に公開した。その結果、FIA会長の信任投票が行われたが、賛成票が過半数を上回り、会長職の留意が決定した後、2009年に再選に立候補することを拒否し、現会長のジャン・トッドが後任に選出された。ちなみにタブロイド紙の行き過ぎた取材方法が問題視されるようになり、ニュース・オブ・ザ・ワールドはマックス・モズレーなどの公人や有名人だけでなく、一般人へも盗聴を行なっていたことがのちに発覚し、2011年に廃刊に追い込まれた。
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