F1は2026年にパワーユニット(PU)レギュレーションを大幅に刷新し、新たな持続可能性モデルへと移行する。しかし、この新世代PUに対して、現場のエンジニアやドライバーからは懸念の声が噴出している。FIA(国際自動車連盟)は、環境負荷の低減と持続可能性の向上を目的に、次世代パワーユニットの導入を決定した。主な変更点は、内燃エンジン(ICE)の出力制限、電動モーター(MGU-K)の出力増加、カーボンニュートラル燃料の採用、そしてアクティブ・エアロの導入などだ。
しかし、チームやエンジンメーカーは、こうした変更に伴う技術的な難しさに直面している。スペインのF1専門誌「SoyMotor」によると、シミュレーション上では、モンツァのような高速サーキットでバッテリーがストレート途中で電力切れを起こし、加速が内燃エンジンのみに頼る場面が想定されているという。その場合、マシンの出力は現行F2カーを下回る可能性もある。一部の関係者は、これが「走行中にドライバーが意図的にペースを落とす」という新たな戦略を生む可能性を指摘。従来の「タイヤを守る走り」に代わり、「電力を温存する走り」が必要になるかもしれない。空力面では、アクティブ・エアロの導入によって直線とコーナーで空力を切り替える設計が進められている。ただし、ドライバーに求められる操作が増える可能性があり、安全性や操作性に課題が残る。また、燃料の問題も浮上している。新たな規則では合成燃料が求められるが、すべてのサプライヤーが同じ手法を用いるわけではない。メルセデス系チームが使用するペトロナスはバイオ由来の燃料を選んでおり、他チームの合成燃料に比べて性能面で劣る可能性があると指摘されている。FIAは、こうした技術的ギャップを調整するための方策として、いわゆる「BoP(バランス・オブ・パフォーマンス)」の導入も視野に入れているとの見方もある。これは世界耐久選手権(WEC)など他のモータースポーツで採用されている手法で、性能差を抑える目的がある。理想と現実のギャップFIAはモータースポーツ界の注目度を背景に、持続可能性をリードする立場をアピールしてきた。理論上は素晴らしい。しかし現場では、各チームが次々と壁にぶつかっており、理想と現実のギャップは埋めがたい。たとえば、メルセデス陣営は比較的開発が進んでいるが、想定外の問題にも直面している。あるシミュレーションでは、電気エネルギーがモンツァのストレート途中で完全に枯渇してしまうという結果が出た。つまり、途中から内燃機関(ICE)のみで走行せざるを得ず、その出力は約540~570馬力とされている。比較として、F2マシンのエンジン出力は620馬力。理論上、F2に抜かれる可能性すらあるということだ。エネルギーと空力のジレンマこの問題を解決するために、前後に「アクティブエアロ」(可変空力パーツ)を搭載し、直線では空気抵抗を減らし、コーナーではダウンフォースを稼ぐという対策が取られる予定だ。しかし、それでも出力不足を補えるかは疑問視されている。さらに提案されているのが、コーナーでスロットルを戻してもエンジン回転数を高く保ち、エネルギー回収を図るという方法だ。これは「ブローイング・エキゾースト」(排気でダウンフォースを増やす手法)に似た考え方だが、燃料消費が増えるという副作用がある。燃料搭載量は70kgを上限に設計されていたが、この方法を使うには最低でも100kgが必要になる可能性がある。さらに、新型バッテリーは従来よりも40kg重くなる予定で、軽量化の意図とは真逆の結果を招いてしまう。サーキットと戦略の課題FIAは、フォーミュラEのようにコースに人工的な減速ゾーン(シケインなど)を作ることを否定しており、これも問題を複雑化させている。市街地サーキットのように直線が短く、ストップ&ゴーが多ければ回生ブレーキが効率よく使えるが、モンツァやスパ、バクーのような高速サーキットでは厳しい。すでに懸念されているのは、現在のF1でも「タイヤマネジメント」が戦略に大きな影響を及ぼしているが、2026年からは「エネルギーマネジメント」がそれに取って代わる可能性だ。無線で「ノー・パワー(電力切れ)」の報告が飛び交い、数百メートル多く電力を使えるかどうかが勝敗を分ける可能性すらある。燃料の問題も深刻2026年からF1は「カーボンニュートラル燃料」を使用する予定だ。これはメディア的には大きなインパクトを持つが、全チームが同じ燃料を使用するわけではない。フェラーリはシェル、メルセデス系(マクラーレン、アストンマーティン、ウィリアムズ)はマレーシアのペトロナス、レッドブルとその姉妹チームはエクソンモービル、アルピーヌと来季から参戦するアウディはBP&カストロール、アストンマーティンは2026年からアラムコに切り替える予定だ。その中でも問題視されているのが、ペトロナスの選択だ。彼らは合成燃料(e-fuel)ではなくバイオ燃料を選んだが、その性能が十分でないとの噂が出ている。バイオ燃料は主にバイオマス(例:サトウキビやビート)から製造され、CO2排出削減効果は大きいが、合成燃料と比べてエネルギー効率が劣る傾向にある。つまり、エネルギー効率の悪い燃料を使えば、加速性能が下がり、電力回収量も減り、さらに燃料消費も増えるという「負の連鎖」が起こりかねない。まとめ:性能格差とレギュレーションの再考このように、2026年のF1は、生まれながらにして「問題児」になりかねない。あまりに急な制度変更により、開発の差が大きく出てしまい、レース自体の面白さに影を落とす懸念がある。極端な例としては、直線でバッテリーを回復するために減速するマシンすら現れる可能性がある。これではレースとして成立しない。各チームの性能差を均す「バランス・オブ・パフォーマンス」のような措置が導入されるかもしれない。メルセデスはかつて、技術優位で8連覇を達成したが、それが終わったのはレギュレーションでエンジンが凍結・平準化されたからだった。今回も、しばらくは技術格差が勝敗を決めるシーズンが続く可能性がある。
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