キャデラックが新規参入チームとして大きな注目を集める中、アウディは静かに、しかし確実に自らのF1プロジェクトを前へ進めている。アウディがF1参戦を発表したのは3年以上前。2022年にはザウバーとの提携を正式発表し、ドナウ河畔ノイブルクの本社施設には新たなパワーユニット部門を設置した。その後、チームの完全買収も完了し、2026年からF1グリッドに並ぶ準備が整いつつある。
キャデラックの派手なローンチとは対照的に、アウディはこれまで慎重なアプローチを続けてきた。カタール資本からの投資やRevolut、Adidasとのパートナーシップを公表したものの、ブランド発信の面では控えめだった。しかし2025年11月、いよいよ参戦目前となったミュンヘンで、アウディは明確に“F1時代の到来”を告げるイベントを開催した。“歴史”で語るアウディのレース哲学この日、アウディが特に強調したテーマが「歴史」だ。2026年のイメージを示すR26コンセプトリバリーを披露しつつ、同社が長年にわたって築いてきたモータースポーツの伝統を改めて示す構成となった。会場には、往年の名車アウトウニオン・タイプCが姿を見せ、ゲルノート・デールナーCEO、F1プロジェクト責任者マッティア・ビノット、チーム代表ジョナサン・ウィートリーといった主要人物が歴代アウディ車に乗って登場した。ドライバーのニコ・ヒュルケンベルグとガブリエル・ボルトレトも、象徴的なアウディ・クワトロのラリーカーに同乗して登場。さらに、トム・クリステンセン、ハンス=ヨアヒム・スタック、ミシェル・ムートン、アラン・マクニッシュといったレジェンドたちもイベントに加わった。アウディはラリーGr.B時代のタイトル、R10 TDIによるル・マン初のディーゼル制覇、そしてダカールで電動駆動車として初優勝を果たしたRS Q e-tronなど、革新的技術と勝利の歴史を積み上げてきたブランドでもある。ジョナサン・ウィートリーは、その歴史が自身をアウディへと導いた理由だと語る。「僕は“クルマが好きな人間”なんだ。アウディのF1プロジェクトに誘われた瞬間、心のどこかで自然に惹かれた。どこかを去るという感覚ではなかった。子供の頃、森の中を走るクワトロの炎を見ながら育った。技術への探求心、そして何をどう変えるか、アウディが挑んできた姿勢そのものが魅力なんだ」2030年に“勝てるチームへ” 明確に示されたロードマップアウディはイベントの随所で「未来」を語った。会場には2026年オーストラリア開幕まで“115日”を刻む巨大カウントダウンが設置され、F1参戦の本格始動が迫っていることを強調。さらに、より重要な節目として「2030年に世界選手権を争うチームになる」という目標が繰り返し掲げられた。マッティア・ビノットはその目標について「野心的だ。我々は野心的であるべきだ」と語り、デールナーCEOは他のアウディのレースプロジェクトから学んだという。「このプロジェクトには、新しいチーム、新しい体制、まったく新しい要素が一度に集まっている。2026年は特にチャレンジングな年になるが、長期計画を掲げている。高速で学び、適応していくことが求められる。過去のプロジェクトを基準にすれば、4年間で“勝てる状態”に近づくことは、野心的ではあるが現実的でもある」アウディは自らを「挑戦者→競争者→勝者」という3段階で進化させる構想を示しており、2030年はその最終段階だ。既存チーム買収によるアドバンテージ、そしてF1という新世界巨額の投資によってザウバーの設備やインフラは大幅に強化されている。既存チームを引き継ぐことは、新規参入チームとしての成長速度を高めるうえで大きな利点となる。ただしアウディ自身も認めるように、F1はかつて成功してきたカテゴリーとは異質の世界だ。“四輪駆動の王者”“耐久レースの革新者”“電動オフロードの開拓者”であっても、F1という巨大競争市場に適応するには険しい道が待ち受ける。それでもアウディは、自らの歴史に刻まれた数々の挑戦と成功を武器に、「F1という新章を切り開く準備が整っている」と強調している。
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