フェルナンド・アロンソがローマ教皇の運転手を務める可能性があった――そんな異例の計画が2011年に実際に検討されていたことが明らかになった。しかし、F1ドライバーという卓越した運転技術を持つ存在であっても、その起用案は最終的に却下された。なぜこの前代未聞の構想は実現しなかったのか。
アロンソ起用案が正式に検討されていた事実2011年、当時のローマ教皇ベネディクト16世がスペインを訪問した際、教皇専用車のドライバーとしてフェルナンド・アロンソを起用する案が持ち上がっていた。この構想を明かしたのは、スペインでの教皇訪問の調整役を務めたヤゴ・デ・ラ・シエルバである。「2011年、教皇車をフェルナンド・アロンソに運転させることができないか、正式に打診した」「彼は運転ができるはずだし、教皇が危険にさらされることはないと私は主張した」当時のアロンソはすでにF1世界王者として広く知られる存在であり、スペイン国内でも象徴的な人物だった。“F1ドライバーでも却下”された理由しかし、この提案は即座に拒否されることになる。「彼らは強く反対し、“絶対にダメだ”と言われた。運転手は国家警察でなければならない、という判断だった」つまり問題は技術ではなく、役割の規定にあった。教皇専用車の運転は、厳格な安全基準とプロトコルに基づき、国家警察の担当者に限定されていたのである。実現も不可能ではなかったタイミングこの計画は単なる思いつきではなく、日程的にも成立し得る状況だった。ベネディクト16世のスペイン訪問は2011年8月18日から21日に行われており、F1はちょうどサマーブレイク期間中だった。当時フェラーリに所属していたアロンソにとって、スケジュール上の障害はほとんどなかった。キャリア絶頂期のアロンソに持ち上がった異例の話この時期のアロンソは、フェラーリでタイトル争いを繰り広げるなど、キャリアの中でも最も競争力の高い時期にあった。2011年はイギリスGPで1勝を挙げ、ドライバーズランキング4位でシーズンを終えている。その前後の2010年と2012年にはいずれもタイトルにあと一歩まで迫っており、まさにトップドライバーとしての評価が確立されていた時期だった。現在の苦戦と対照的な過去のエピソード現在44歳となったアロンソは、2026年シーズンをアストンマーティンとホンダのワークス体制で戦っているが、序盤は厳しい状況に直面している。開幕3戦で完走は1回のみ、日本GPでは周回遅れの18位に終わるなど、結果は伸び悩んでいる。今季限りで契約満了を迎えることもあり、今後の去就が注目されるなか、今回明らかになった逸話は、アロンソという存在の特異性と影響力を改めて示すものとなった。
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