世界最速域のハイパーカー『アストンマーティン・ヴァルキリー』誕生の背景をエイドリアン・ニューウェイが語った。エイドリアン・ニューウェイは多忙だ。レッドブル・レーシングのチーフテクニカルオフィサーとして、彼は同チームのマシン競争力を最大限に高めるべく身を粉にして働いている。
その一方で、ニューウェイは2014年からそのエンジニアリングスキルを別のプロジェクトにも注いでおり、世界中のモータースポーツファン垂涎のロードカーを作り上げることにも成功している。ロードカーをデザインするというアイディアが生まれたきっかけは?ヴァルキリーは、ある週末の夜にホビーとして始まり、2014年8月のF1シーズンサマーブレイクを楽しんでいる間に、本格的なアイディアになった。その時にまず「さて、どんな方向性にするべきかな?」と考えたのだが、それまでの経験から、高性能スポーツカーのデザインが正しい方向に思えた。あとは、その車で何を成し遂げたいのかを考えていった。当然の目標は、サーキットへ持ち込んで極めて速いラップタイムを刻める車だった。他のどのロードカーよりも断然速い車をね。だが同時に、快適な車にしたいとも考えていた。ひとつの芸術品のような車を作りたいと思った。そのためには、現代のスーパーバイクのように、恐れ知らずの人以外の全員が、乗り込む前にちょっと危険を感じるようなものにする必要があった。気を引き締めなければ乗りこなせないマシンだ。乗る人の心拍数を高めるようなマシンにしたかった。どのように空想を現実へ変えたのでしょうか?休暇を終えて英国へ戻ると、シートポジションや大まかなメカニカルレイアウトなど、最初期のドローイングに取り組んだ。エアロダイナミクスを最適化するためにシャシーをなるべくスリムにしたかったので、最初に決めたのはドライバーの脚を上げるシートポジションだった。ちょうど我々がデザインしているレースカーのようにね。エンジンについてもかなり考えを巡らせた。技術的な視点から考えると、2つの可能性があった。ひとつはターボチャージャー付きV6で、もうひとつは自然吸気のV12だ。技術だけで判断すれば、両者に大きな違いはないが、V12の方が、振動の問題に振り回されずに、しっかりマウントできるという自信があった。また、V12は回転がスムーズで、V6では実現が難しいギアボックスのちょっとした調整も可能だった。ギアボックスの軽量化が実現できた。また、これは好みの問題だが、エンジンノイズもV12の方が好きだ。プロジェクトの規模が大きくなったのはいつだったのでしょう?レッドブル・アドバンスド・テクノロジーズと組んで、メカニカルデザインエンジニア1名、シミュレーションエンジニア1名、CFD担当エンジニア1名、サーフェイスデザイナー2名で構成された小規模なチームを編成した時だ。このチームが組めたことでパフォーマンスのシミュレーションを始められるようになり、シミュレーション上の初期目標を達成できることが分かった。それを9カ月間繰り返したあとの夏に『今の我々に何ができるだろうか? ここからどう進めるべきだろうか?』という疑問が生まれた。大きな2つの選択肢があった。Red Bull Racing単独で進めるか、それとも他社ブランドや自動車メーカーと組んで進めるかだ。クリスチャン・ホーナー(レッドブル・レーシグ チームプリンシパル)と私は、OEMがベターだと感じていた。なぜなら、自動車業界のOEMには、ディーラーシップや製品保証、法務などの知見が十分揃っているからだ。アストンマーティンを選んだ理由は極めてシンプルだった。英国のブランドで、我々のファクトリーからも30マイル(約48km)ほどしか離れていないからだ。また、過去にインフィニティとパートナーシップを結んでいた関係から、アンディ・パーマー博士をはじめとするアストンマーティン陣営とも面識があった。ごく自然なシナジーがあったというわけだ。想像できるかもしれないが、もちろん、お互いのカルチャーが噛み合わないことも何回かあった。F1チームの我々は、極めて迅速に仕事を進めていく。大きなリスクを取り、製造コストはあまり考慮しない。これは自動車業界とはほぼ真逆だ。快適なハイパーカーをデザインしたいとおっしゃいましたが、アストンマーティン ヴァルキリーは週末のちょっとした買い物にも適しているのでしょうか?渋滞に捕まった時に必要な低速域での取り扱いやすさと快適性を求めるなら、高回転のハイチューンエンジンは不要になる。そこで、我々は低速域のために電気モーターを搭載した。もちろん、これはパワーの向上や、その他の様々な機能のパフォーマンスも高めている。電気モーターがあれば、スターター用モーターやオルタネーターが不要になる。電気モーターを逆転させれば良いので、リバースギアも不要だ。このような小さなパーツを取り外していくことで、電気モーターによる重量増を相殺した。サーキット仕様のヴァルキリー AMR Proと通常のロードバージョンの違いは?シャシー、エンジン、サスペンションなどのメカニカルなベースは同じだが、ヴァルキリー AMR Proでは公道の走行許可や快適性の追求に必要なあらゆるものを取り去った。乗り心地を考慮する必要がなくなったので、サスペンションを硬くできた。つまり、より大きな入力を許容しつつ、ダウンフォースを高めることができた。基本的には、快適なロードカーにするために制限している部分を全て取り外していった。公道車に必要な部分を取り外したバージョンがヴァルキリー AMR Proだ。ヴァルキリー AMR Proで得られるドライビングエクスペリエンスはどのようなものになるのでしょう?サーキットでは、2シーター車の未踏の領域に踏み込む唯一のマシンになる。LMP1マシンを除いてね。しかし、ロードバージョンでも快適性と優れたルックスとサウンドを得られるはずだ。所有する誇りと愉楽を感じられる車、私たちはこれを目指している。ヴァルキリー AMR Proを購入するのはどのような層になるのでしょう? やはりF1ドライバーでしょうか?数名の現役ドライバーと元ドライバーが購入する予定だが、名前を明かすつもりはない。軽率な発言になってしまう。アストンマーティン ヴァルキリーの仕上がりには満足していますか?期待通りという意味では、イエスだ。歴史に残る名車として評価されることを望んでいる。