マクラーレンは2025年F1シーズンを通して圧倒的な強さを見せ、コンストラクターズタイトルを2年連続で獲得した。その原動力となったMCL39は、単なる前年型の進化ではなく、グラウンドエフェクト時代の課題を根本から見直した、極めて踏み込んだコンセプトを採用していた。その設計思想の中核にあったのが、かつてレッドブルでエイドリアン・ニューウェイが得意としてきた「シーズン中に模倣できない解決策を先行して仕込む」という手法だ。
ロブ・マーシャル率いるマクラーレンの技術陣は、このニューウェイ流発想を内在化し、他チームが追随できない決定的な差を生み出すことに成功した。マクラーレンが2025年F1世界選手権を支配したことは、数字の上でも明白だった。シーズンを833ポイントで終え、コンストラクターズタイトルを2年連続で獲得したMCL39は、2022年に導入されたグラウンドエフェクト・レギュレーションを、最も正確に、そして最も踏み込んだ形で解釈したマシンだった。この世代のマシンが本質的に抱えてきた問題は明確だった。ひとつは、ポーパシングを引き起こさずに最低地上高を下げた状態で走行することの難しさ。もうひとつは慢性的なアンダーステアであり、これはフロア下面で発生する空力圧力中心が車両の重心より後方に位置することで生じ、コーナー進入時の挙動を不安定なものにしていた。これらの問題を克服するため、ウォーキングを拠点とするマクラーレンのエンジニア陣は、極めて非保守的な選択を行った。ロブ・マーシャルを中心に、チーフデザイナーのマーク・インガム、エンジニアリング責任者のニール・ホールディ、空力部門責任者のピーター・プロドロモウ、そしてジュゼッペ・ペッシェの補佐のもと、MCL39のコンセプトは限界まで押し進められた。その姿勢は、チーム代表アンドレア・ステラ自身の言葉にも表れている。アブダビGP後、ステラは次のように振り返った。「昨年のクリスマスは、正直まったく楽しめなかった。ステアリングボックスやフロントサスペンションなど、いくつかの要素でコンセプトを極端なところまで押し進めていたからだ」「12月末の時点でも、まだ開発の最終段階にあった解決策を抱えたワールドチャンピオンのマシンで、どれほどのリスクを取ることに同意していたのかを心配していた」ステラの発言が示しているのは、まずステアリングボックスの配置だ。それはシャシー前方でありながら内部に収められ、ロアウィッシュボーン前側の取り付けポイントの後方という、標準的ではない位置に配置されていた。ここはマシン構造上でも極めて入り組んだ領域であり、仮に設計に誤りがあった場合、後から穏健な解決策へ修正する余地はほとんどなかった。しかし、より重要なのはフロントサスペンションだった。アッパーウィッシュボーンは非常に急角度で配置され、その後側アームは大きく後方にアンカーされていた。これは車両運動学の観点から、空力プラットフォームを最適に管理するための選択だった。この点において、MCL39は2024年型マシンの単なる発展形ではなかった。ライバルがシーズン中に容易に追随できないパフォーマンスギャップを生み出すこと、そして何より、シーズン中にコピーできない解決策を最初から組み込むことを目的とした、明確に一段踏み込んだコンセプトだった。こうしたアプローチは、かつてエイドリアン・ニューウェイの代名詞とも言える手法だった。しかし、その思考様式がロブ・マーシャルの中に完全に内在化されていることは明らかだ。マーシャルは長年にわたりニューウェイの右腕として働いてきた人物であり、その影響はMCL39の随所に見て取れる。もっとも、MCL39が欠点のないマシンだったわけではない。少なくとも、ランド・ノリスとオスカー・ピアストリという2人のドライバーのドライビングスタイルへの適応性という点では課題を抱えていた。フロントサスペンションが生み出す極端な動的精度は、当初、両ドライバーにとってコーナー進入時のフィーリングを不安定なものにした。2人とも、程度の差こそあれ、フロントエンドが「鈍い」、つまりターンイン時に明確で直接的な手応えを与えてくれないと評価していた。この問題を受け、マクラーレンのエンジニアはシーズン中のオーストリアGPでフロントサスペンションの改良版を投入した。しかし、その進化を前向きに評価したのはノリスだけで、ピアストリは改良型を採用することを望まず、シーズンを通してオリジナル仕様を使い続けた。マシン間の性能差が極めて小さかったことを考えれば、ドライバーのフィーリングを優先し、最大限のパフォーマンスを引き出そうとした判断は合理的だった。一方で、特にシーズン後半のいくつかのサーキットでは、ピアストリの選択が結果的に彼自身の可能性を制限した可能性も否定できない。さらに、MCL39の極端な動的精度は、ラスベガスGPで裏目に出ることになる。ウォーキングのエンジニアたちは、路面が完全にフラットだと判断し、その精度を信頼して最低地上高を極限まで下げたセットアップを選択した。しかし実際には、過小評価されていた路面のうねりがポーパシングを引き起こし、結果として両車はプランク摩耗過多により失格となった。これはステラ自身がレース後に認めている。こうした点を踏まえると、MCL39は総合的には最も効果的なマシンでありながら、常に両ドライバーが完全に使いこなせるマシンではなかったと言える。そのわずかな隙を突き、イタリアGP以降、マックス・フェルスタッペンとレッドブルはドライバーズタイトル争いに割って入ることになり、その戦いは最終戦まで続いた。Source: RacingNews365