この夏、F1は米国市場で重要な決断を迫られている。現地放映権の更新交渉を巡って、ESPNとの既存契約を維持するか、AppleやNetflixといった巨大ストリーミング企業による破格のオファーに乗るか――。選択の行方次第で、F1の米国での未来は大きく変わる可能性がある。F1とESPNの現行契約は年間わずか8500万~9000万ドル程度だが、AppleやNetflixはその2倍近い金額、1億5000万~2億ドルを提示していると報じられている。
Liberty Mediaがこの「一発の大金」を取るのか、それとも今後の成長余地を優先するのかが注目されている。F1ブームの頂点か? まだ伸び代はあるのか?F1は近年、アメリカ市場で空前の成長を遂げてきた。2018年に平均55万4000人だった米国内のレース平均視聴者数は、2025年には130万人に倍増。マイアミやラスベガスといった新規開催地、TikTok世代の支持、Netflixの『Drive to Survive』、そしてブラッド・ピット主演のF1映画『F1/エフワン』など、F1はあらゆる場所に存在していた。だが、その成功の多くは「誰でも簡単に見られた」ことが前提だった。ESPNによる無料放映、SNSでのクリップ拡散、ご近所のテレビでも観戦できるアクセス性――。それが、ストリーミングに完全移行することで崩れる可能性がある。ストリーミング移行のリスクApple TV+は米国世帯の約11%にしか普及しておらず、独占放映されたMLS(メジャーリーグ・サッカー)の視聴者数は、従来のテレビ放映時代に比べて大きく落ち込んだという実例もある。「大金を得る代わりに観客を失う」という典型的な放映権ビジネスのジレンマが、F1にも降りかかっている。ESPNのような旧来の放送局は、F1以外のビッグイベントと連携しながら、偶然目にした人をファンに変える「偶発的な露出力」が強い。これに対し、ストリーマーは加入者限定の閉じた空間であり、F1が一般大衆の目に触れる機会は確実に減る。映画『F1/エフワン』で主演を務めるブラッド・ピット放映プラットフォームだけでなく「内容」も問われる一方で、F1放映の中身にも改善余地はある。現在のESPNは、基本的にSky Sportsの中継をそのまま流しており、米国向けの独自コンテンツは少ない。ファンの一部からは「熱心なファン向けには良いが、一般層には刺さらない」との指摘もある。アメリカにおけるF1拡大には、「中継そのもの」だけでなく、「アメリカ人向けに最適化された総合コンテンツプラットフォーム」が必要だとする意見もある。週次番組、ポッドキャスト、現地リポート、SNS戦略などを総動員した形で、米国文化に馴染む新しいF1の届け方が求められている。F1は次にどこへ向かうのか放映権の入札にはAppleやNetflixだけでなく、AmazonやNBCといった他の大手も関心を示している。ただし、金額が年間2億ドル近くまで膨らむ中、対応可能な企業は限られる。ESPNは「財政的規律を優先する」とされ、撤退の可能性もある。F1にとってこれは単なる放映権交渉ではなく、「米国市場での立ち位置」を再定義するターニングポイントだ。もしストリーミングに舵を切れば、巨額の収入を得る代わりに、F1TV(自社のD2Cサービス)との関係や、カジュアル層へのリーチを犠牲にすることになる。逆にESPNとの関係を維持すれば、拡大戦略の継続を選ぶことになり、2020年代後半のF1人気を「一過性」ではなく「定着」へと導くこともできる。NFL化か、MLS化か――この放映権の選択は、F1の今後10年を左右する。米国市場で真にメジャースポーツとして定着し、「第二のNFL」になれるのか。それとも、ニッチ化して「第二のMLS」として落ち着くのか。すべては、この夏に決まる契約にかかっている。そしてその決断は、単に「どこが一番高い金を出すか」ではなく、「何百万人が2030年にF1を見つけられるのか」という、より根本的な問いに対する答えでもある。
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