2017年 ル・マン24時間レースの決勝前日である6月16日(金)、イタリアの日刊新聞 Il Messaggero が、トヨタ自動車の豊田章男社長を特集。トヨタにとってのル・マン24時間レース、そして、モータースポーツの意義について語った。19回目の挑戦となった第85回ル・マン24時間レースでも、トヨタは優勝の夢を掴むことができなかった。現場には豊田章男社長も訪問。トヨタのル・マンでの戦いを見守った。
「トヨタがモータースポーツに挑む理由はもっといいクルマをつくるため」私はルマンに行く機会に恵まれませんでした。毎年、トヨタの株主総会は決まってルマンの週に開催されるめ、現地に行くことができないんです。昨年も、やはりルマンには行けませんでした。日本時間で日曜の夜10時頃、トヨタが迎える、初めてのその瞬間を私は自宅のテレビの前で迎えようとしていました。スマートフォンを片手に、現地にいるスタッフとメッセンジャーでやりとりをしながら、正直に言えば、もうその瞬間を迎えるであろうことを確信していたと記憶しています。私も、幾度となく、レースやラリーの現場に行っていますし、ドライバーとしても、何度も競技に参加しています。なので、レースは、チェッカーを受けるまで、何があるか分からないということはよく分かっていたつもりでした。しかし、追い上げてきていたポルシェがピットに入り、マージンが1分半近くまで広がった時、勝利への安堵のようなものを感じていたと思います。しかし21時57分、トヨタのクルマは、ドライバーからの「No power I have no power」という交信とともにスローダウンし、そしてピット前のコース上で止まってしまいました。初めは、何が起きているか、よく分かりませんでした。現地にいるスタッフも混乱していて、確かなことはよく分かりませんでした。ただ、テレビの画面に映し出される「歓喜に満ちたポルシェのクルー達」をみて、やはりレースは、最後の最後まで何があるか分からないということを知ることになりました。私の心には、悔しさと残念な気持ちが溢れてきたことを覚えています。このクルマを走らせていたのはドライバーだけではありません。このクルマの開発に携わったエンジニア、メカニック、そしてパーツサプライヤーに至る多くのメンバーが、このクルマを走らせていました。そんな、私以上に深い悔しさに包まれている彼らに、私から、なんと声をかければよいか、あの時は、正直、分かりませんでた。トヨタは18回、この伝統あるルマンのレースに挑戦させていただいていますが、シルバーメダルしか手にしたことがありません。本当に多くのファンがトヨタを応援し続けてくださっています。その皆さまが「今度こそはゴールドメダルを」と毎年、声援を送ってくださいます。言ってみれば、私も、その内の一人です。今度こそは、24時間で、他の誰より、トヨタのクルマが長い距離を走ってほしいと思い続けていました。なので、そうしたファンの皆様に対し、深い感謝の気持ちを抱いていますし、この瞬間を迎えた時は、彼らに、本当に申し訳ない気持ちになりました。昨年のレースには、会長の内山田が現地に行ってくれていました。彼は、プリウスの開発者であり、ハイブリッドの父とも呼ばれています。ハイブリッドカーで戦うルマンの戦いにおいても、彼は、チームの父のような存在であると思います。だから、昨年のルマンにおいて、レース後に、トヨタを代表するコメントは、テレビの前にいる私ではなく、彼にお願いをしていました。しかし、あの瞬間を目にし、「この悔しさは、クルマを作ってきたチームだけのものではなく、トヨタにいる全員、そして応援してくださっている全員の悔しさだ」と、私は感じました。そして、私は、内山田会長に、「今回は、トヨタの想いとして、私からコメントを出させてほしい」とお願いしました。そうして、発信したのが、このコメントです。ル・マン24時間耐久レースに、ご声援を送っていただいた皆様に心より感謝申しあげます。本当にありがとうございました。TOYOTA GAZOO Racingは、「敗者のままでいいのか」と、あえて自分達にプレッシャーをかけ、今までの悔しさを跳ね除ける戦いを続けてまいりました。メカニック、エンジニア、ドライバー、そしてサプライヤーの皆さま…戦いに携わる全ての者が、力を尽くし、改善を重ね、「もっといいクルマ」となって戻ってこられたのが、本年のル・マンであったと思います。ついに悲願達成か…と、誰もが、その一瞬を見守る中、目の前に広がったのは、信じがたい光景でした。トヨタのクルマも、速く、そして強くなりました。しかし、ポルシェは、もっと速く、そして強かった…。決勝の24時間…、そして予選なども含め合計で30時間以上となるル・マンの道を、誰よりも速く、強く走り続けるということは、本当に厳しいことでした。チームの皆の心境を思うと…、そして、応援いただいた全ての方々へ…、今、なんと申しあげたらよいか、正直、言葉が見つかりません。我々、TOYOTA GAZOO Racingは“負け嫌い”です。負けることを知らずに戦うのでなく、本当の“負け”を味あわさせてもらった我々は、来年もまた、世界耐久選手権という戦いに…、そして、この“ル・マン24時間”という戦いに戻ってまいります。もっといいクルマづくりのために…、そのためにル・マンの道に必ずや帰ってまいります。ポルシェ、アウディをはじめ、ル・マンの道で戦った全てのクルマとドライバーの皆さまに感謝すると共に、また、一年後、生まれ変わった我々を、再び全力で受け止めていただければと思います。皆さま、“負け嫌い”のトヨタを待っていてください。よろしくお願いいたします。このコメントが出来た時、最初に送った相手は、広報担当ではなく、レーシングハイブリッドプロジェクトのリーダーである村田でした。2015年、トヨタはルマン(そしてWECシリーズ)において、ポルシェやアウディに全く歯が立ちませんでした。「2016年は絶対に負けられない」トヨタのその想いを背負った村田は、今後2年かけてやる開発を前倒しして、2016年に向けたクルマを死にもの狂いで準備していました。私は、それを知っていたので、出来上がったメッセージをまず彼に読ませたいと思ったのです。「現場にいてやれなくてゴメン」「こういうメッセージを出すぞ」と言う言葉と共に、彼にメッセージをおくりました。後日、聞いたところ、彼は「社長が送ってくれた。あのメッセージに救われた。もう一度、2017年に向けて頑張ろうと気持ちを切り替えることができた」と語ってくれていま...