メルセデスの2026年F1エンジンを巡る圧縮比論争は、日を追うごとに沈静化しつつある。週初めに行われた新車発表の場で、トト・ヴォルフはメルセデスAMG F1 M17 E Performanceが完全にレギュレーションに適合していると改めて強調し、他メーカーに対して「行動を起こすべきだ」と強気の姿勢を崩さなかった。FIA(国際自動車連盟)は、メルセデス製6気筒エンジンが高温状態に達した際に圧縮比18:1相当へ到達することを可能にする技術について、合法との判断を下している。
一方で、ジョー・バウアー率いる技術委員による静的検査では、エンジンが常温の状態で新レギュレーションに定められた16:1の圧縮比を満たしている。メルセデスが揺るぎない自信を示す背景には、規則文言そのものがある。国際自動車連盟が策定したパワーユニット規則は、常温状態での計測を基準としており、運転時の挙動について明確な制限を設けていない。PU部門を統括するニコラス・トンバジスのスタッフには、元フェラーリ所属でプジョーでの経歴も持つヴァンサン・ペレームが名を連ねており、メルセデス側は規則の解釈に一切の曖昧さはないと主張している。さらに、仮に規則が見直される事態となれば、法的措置も辞さない構えだとされている。Auto Motor und Sportによると、論点は金属の熱膨張によってシリンダーヘッドが変形し、圧縮比が上昇するという単純な仕組みではないという。メルセデスのエンジンには、各シリンダーごとに第2の「マイクロ燃焼室」が存在するとされている。この副燃焼室は、冷間時には燃焼室容積を確保することで16:1の圧縮比を成立させる役割を果たし、エンジンが高温状態になると、極めて高い圧力によって事実上機能を停止する構造だと伝えられている。理論上、この仕組みによる出力向上は約10馬力と試算されており、ラップタイム換算ではコンマ2秒程度に相当すると見られている。しかし、メルセデスの優位性はそれだけに留まらない。新たに導入される持続可能燃料は、18:1という高い圧縮比で最大効率を発揮する分子構造を前提に設計されている可能性があり、これによりさらなる性能向上が見込まれるという。発熱量の高い燃料は、重量面でも利点をもたらす可能性がある。この冬の間、メルセデスの圧倒的な優位性がたびたび指摘されてきたのは、こうした複合的な要因が背景にある。FIAは議論の的となっている技術に合法性のお墨付きを与えたが、他のエンジンメーカーは納得しておらず、開幕戦オーストラリアGPで抗議を提出する可能性も取り沙汰されている。こうした状況の中で、F1のCEO兼会長であるステファノ・ドメニカリは、極めて難しい立場に置かれている。俊敏なマシンによる新時代が始まろうとしているまさにその時に、エンジンを巡る全面対立が起きかねないからだ。ホンダ、フェラーリ、アウディ、そしてRBPTもまた、脇役に甘んじる意思はない。RBPTは、メルセデスの発想自体は以前から把握していたものの、自社のパワーユニットに実装する時間がなかったとも言われている。この日はPUAC(パワーユニット・アドバイザリー・コミッティー)の会合が予定されているが、全会一致で可決されるような解決策が見出される可能性は低いと見られている。FIAがこれまでの判断を覆すことはできない以上、エンジン戦争という最悪の事態を回避するための“落としどころ”を探る必要がある。その一つとして挙げられているのが、ADUO(Additional Development and Upgrade Opportunities)の活用だ。これは、内燃エンジンの開発を一定の財政支援付きで進めることを認める枠組みで、仮に第6戦マイアミGPの時点で、FIAが最も高性能なユニットとの差を2%と測定した場合、競争力回復のためにコスト上限を超えるリスクを回避する狙いがある。すべてのエンジンメーカーが、メルセデスに倣って第2のマイクロ燃焼室を設計しようとしているのは明らかだが、追いつくまでには時間を要する。早くても2027年以降と見る向きがある一方で、鋳造や切削加工ではなく、金属積層造形、いわゆる3Dプリンティングを活用すれば、より早期の実装も可能だという見方もある。デジタルモデルから複雑な三次元形状を短期間で製造できるこの技術により、早ければ夏の半ばにも導入できるのではないか、とも言われている。それまでの間の暫定策として、メルセデスが使用する燃料の発熱量を引き下げるという妥協案も浮上している。今季、FIAのフローメーターは燃料流量ではなくエネルギー量を測定する方式を採用しており、各e-fuelには、メーカーがホモロゲーションを申請するサンプルに基づいて発熱量が割り当てられる。この分野でも性能差が生じる可能性があり、エンジン開発競争は燃焼技術だけでなく、燃料の特性を巡る争いへと広がっていくことになりそうだ。この圧縮比論争がどのような形で決着するのか、その答えが見えてくるのは、まだ先のことになりそうだ。
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