メルセデスF1のCEO兼チーム代表であるトト・ヴォルフが、自身の持ち株会社の一部をサイバーセキュリティ大手クラウドストライクの創業者兼CEO、ジョージ・カーツに売却した。これにより、カーツはメルセデスF1チームの株式5%を保有することになる。カーツが取得したのは、ヴォルフが保有する持株会社の15%。メルセデスF1は現在、メルセデス・ベンツ、イネオス、そしてヴォルフの3者がそれぞれ3分の1ずつ出資する体制となっており、今回の取引はヴォルフの持分の一部がカーツに移動した形だ。
さらにカーツは、メルセデスの戦略ステアリング委員会に加わり、チームの技術戦略に関するアドバイザーも務めることが発表された。委員会にはメルセデス会長のオラ・ケレニウス、イネオスCEOのジム・ラトクリフ、そしてトト・ヴォルフが名を連ねており、新体制は技術分野での意思決定を強化する狙いがあるという。ヴォルフはカーツの加入について次のように歓迎した。「ジョージの経歴は非常に幅広く、レーサーでもあり、メルセデス-AMGのスポーツアンバサダーであり、卓越した起業家でもある。レースの要求を理解すると同時に、テクノロジー企業を立ち上げ成長させる現実も理解している。その組み合わせは、F1の未来にますます関連性を持つ特別な洞察をもたらしてくれる」一方、スポーツカーの経験豊富なレーサーでもあるカーツは、新たな役割への意欲をこう語った。「レースでもサイバーセキュリティでも、勝利にはスピード、精度、そしてイノベーションが求められる。ミリ秒が重要で、実行力が勝敗を分け、データが勝つ。テクノロジーは競争優位と人間の能力をあらゆる分野で再定義している。チームが安全に前進できるよう貢献できることを楽しみにしている」今回の株式移動はメルセデスF1の経営体制に大きな変更をもたらすものではなく、ヴォルフはこれまで通りチーム代表兼CEOとしての地位を維持する。60億ドルの高評価が示すF1チーム価値の急騰とメルセデスF1の強固な経営基盤今回の取引は、メルセデスF1チームの企業価値を60億ドル(約9300億円)と評価した上で成立したもので、これはF1チームとして歴史的に最高クラスの評価額となっている。この評価額に基づけば、ヴォルフが売却した持株の対価はおよそ3億ドル(約460億円)に相当する。F1では近年、チーム価値の高騰が続いており、今年9月にはマクラーレンの企業価値が35億ポンド(約6500億円)と算出されるなど、F1チームが世界的スポーツフランチャイズに近い水準まで上昇している。メルセデスF1は、フェラーリに次ぐ“F1で最も価値の高いチーム”として位置づけられており、今回の取引がその評価をさらに裏付ける形となった。メルセデスF1の収益源は、スポンサーシップ、F1の分配金、ライセンス収入、さらにはウィリアムズやアストンマーティンへのギアボックス供給といった技術支援による収益に支えられている。2023年にはチーム収益が6億3600万ポンドに達しており、この高い収益性が企業価値の上昇を後押ししている。また、今回のカーツの参画は、単なる投資にとどまらず、F1がアメリカ市場で急速に拡大している現状とも関係している。Netflix『Drive to Survive』のヒットや、アメリカ国内でのレース増加(オースティン、マイアミ、ラスベガス)の追い風を受け、F1は米国で最も成長しているスポーツコンテンツのひとつとみなされており、カーツ自身も「F1のバリュエーションはNBAやNFLに近づく可能性がある」と語っている。なお、メルセデスF1の株主構成そのものは変わらず、メルセデス、イネオス、ヴォルフ(とその持株会社)が引き続き“3つの柱”としてチームの大枠を支える体制に変更はない。カーツの参画はあくまでヴォルフの個人持分の一部取得であり、チーム全体の意思決定構造に直接的な変化はないものの、技術戦略に関する議論への新たな視点をもたらすと期待されている。