関口雄飛が、約2年ぶりのフォーミュラカーでのレースとなったマスターズF3を振り返った。今年SUPER GTで本山哲と組み、カーナンバー1のREITO MOLA GT−Rを走らせる関口雄飛が、オランダで開催された「RTL GP マスターズ・オブF3」に挑戦した。7月5日の最初のフリー走行では21番手、そして7月6日の予選では19番手、そして7日に開催された決勝レースでは、スタートでポジションを落とすものの、果敢に攻め続け、最終的に18位でフィニッシュした。
マスターズF3は、1991年に始まり、その優勝者の多くがのちにF1ドライバーとなっている。関口雄飛にとって、久しぶりのF3であり、初めてのコースというハンディはあったが、あえてその困難に挑戦するファイティングスピリットを高く評価し、Plan ZとNITROという2社が関口雄飛をサポートした。7月7日に開催されたマスターズF3に19番手スタートから挑んだ関口雄飛は、持ち前のテクニックで見事なスタートを決めた。しかしなりふり構わぬライバルたちとの接触を避けるため、逆に順位を下げる結果となってしまい、オープニングラップは22番手で戻ってきた。レースをリードしたのは予選首位からスタートした関口雄飛のチームメイト、フェリックス・ローゼンクビスト(スウェーデン)で、スタート直後のタイヤがまだ冷えた状況でのオープニングラップで後続に一気に2秒の差をつけて、逃げきり体制を固めた。関口雄飛は、序盤の混乱がおさまったあと、前をいくマシンを果敢に攻め続けた。しかし、サーキットのコースレイアウトにより、なかなか前車をパスすることが難しく、25周を走りきり、18位でチェッカーを受けることになった。レースは、チームメイトのフェリックスが完璧な走りを見せつけて優勝。マスターズF3では2011年に続き、自身にとっての2度目の優勝を飾ることとなった。ミュッケ・モータースポーツにとっては嬉しい勝利ではあったが、関口雄飛にとっては悔しさの残るレースとなった。関口雄飛は、この悔しさをバネに、マカオF3世界一決定戦での飛躍を誓った。関口雄飛「決勝ではスタートからひとつ順位をあげて、結果的に18位でゴールでした。スタートそのものはうまくいったのですが、他車との接触を避けるために22番手まで順位を落としてしまいました。そのあとペースは確実に良くなり、マシンの特性も理解できたと思います。コースの特性上、なかなかオーバーテイクができない状況だったうえに、ペースの遅いマシンに引っかかってしまい、正直、自分自身のベストを出し切れませんでした。前回マカオで走った時のチームメイトのフェリックスが、今回もチームメイトでしたが、彼が予選でも決勝でも1位。素晴らしいレースをしたチームメイトを祝福すると同時に、自分のほうが前回のマカオではフェリックスより速かったことを考えると、2年のブランクは想像以上に大きなものでしたし、本当に悔しい結果です。今回のレース全般を振り返ってみると、短い時間の中でマシンとコースには慣れたものの、予想以上に悔しい結果に終わりました。ただし、見た目の結果よりも内容の濃いレースだったと思います。今回の参戦を応援、支援してくださった多くの皆さま、そして突然のお願いにも関わらず快く支援してくださった株式会社Plan Zの門谷社長、ニトロ株式会社の山下社長、本当にありがとうございました。この悔しさを胸に、マカオでのF3世界一決定戦では必ずや皆様の期待に沿うような活躍をしてみせますので、これからも応援宜しくお願いします」関連:関口雄飛、マスターズF3およびマカオGPに参戦
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