ランド・ノリスのディスコボール・デザインからアレックス・アルボンのマイアミ・オレンジまで、今シーズンのF1では特別仕様ヘルメットが目立っている。本来は安全装備にすぎなかったヘルメットが、いまや自己表現とストーリーテリングの象徴へと進化した。その変遷を振り返る。特別仕様ヘルメットは近年のF1文化の中で急速に定着した存在だ。ドライバーはヘルメットを通じて個性を主張し、ルーツを表現し、あるいはファンとの絆を示している。
かつては「安全」と「識別」のためだけにあった装備が、今ではファッション、アート、そしてメッセージ性を帯びたアイコンとなった。初期の時代:キャリア全体で一つのデザインバイザーの奥に顔が隠れるスポーツにおいて、ヘルメットは常にドライバーのサインのような存在だった。長年にわたり、ジェームス・ハント、ジョン・サーティース、ジャッキー・スチュワート卿といったドライバーたちは、キャリアを通して同じデザインを使い続けていた。当時のヘルメットは現在ほど防護性能が高くなく、安全性に加えてファンやマーシャルがドライバーを見分けるためのものでもあった。それでも個性が垣間見える瞬間はあった。ハントは自らの名前をヘルメットの側面に大胆にあしらい、スチュワート卿はスコットランドのルーツを象徴するタータン模様のバンドを頭頂部に施していた。一方で、アイルトン・セナの黄・緑・青のヘルメットほど瞬時に誰のものかわかるデザインはほとんどない。ブラジルの象徴とも言えるそのヘルメットは、かつてオークションで100万ドル近い価格で落札されたこともある。F1の長い歴史の中で、ヘルメットはドライバーを象徴するものであり、チームを示すものではなかった。しかしその流れはミハエル・シューマッハがフェラーリへ移籍したときに変わる。彼はヘルメットのドイツ国旗を外し、チームカラーの鮮やかな赤で統一することを決めたのだ。これが、ドライバーとチームが協調しながら創造性を発揮する新たな時代の幕開けとなった。デザインの裏にいるアーティストたちヘルメットデザインは突然生まれるものではない。特別仕様ヘルメットのすべては、デザイナー兼エンジニアであるアーティストの手によって始まる。その世界で最も有名な存在の一人がイェンス・ムンサー、そしてもう一人がマッド56だ。ムンサーは、シューマッハのフェラーリ時代のヘルメットや、ランド・ノリスのスケッチ風デザイン、さらにセバスチャン・ベッテルが2024年イモラGPで使用したセナ追悼モデルなどを手掛けてきた人物だ。彼は『Motorsport Tech Magazine』にこう語っている。「プロセス自体はあまり変わっていない。今でも最初はスケッチから始める。ただ、以前はすべて手描きだったロゴを、今では印刷ステッカーにしている。塗料も軽量化され、石などによる損傷にも強くなった。ミハエルは常に軽量化を求めていた。たとえ艶が減ってもね」一方、マッド56ことマッシモ・ダンテは主にレッドブルと協力し、ウィリアムズのアレックス・アルボンとも10年以上の関係を続けている。アーティストには創造の自由があるものの、FIAの規定やスポンサーの要求との両立が求められ、それ自体が高度な芸術でもある。2015年の禁止令:5年間の制限時代2015年、FIAはドライバーがシーズン中に1種類のヘルメットデザインしか使用できないという新ルールを導入した。理由は明快で、頻繁に変わるデザインによってファンや解説者、そしてレースオフィシャルが誰を見ているのか分かりにくくなっていたからだ。この動きのきっかけとなったのは、2012年シンガポールGPでセバスチャン・ベッテルが着用したLEDライト付きのヘルメットだった。夜のサーキットでひときわ目を引くデザインだったが、安全面への懸念から即座に禁止となり、FIAがカスタマイズの範囲を見直すきっかけとなった。単一デザイン規制は2020年まで続いたが、その間も創意工夫は消えなかった。たとえば、ルイス・ハミルトンがメキシコGPで使用した特別仕様ヘルメットや、ベッテルが2017年モナコGPで通常デザインの色を微妙に変えたケースなど、規制の中でも個性を表現する試みは続いた。そして2020年初頭に規制が解除されると、グリッドには再び色と創造性の波が押し寄せ、現在に至るまで勢いは衰えていない。現代:創造性、自由、そして意味今日のF1グリッドは、個性、ルーツ、そして時にユーモアを映し出すワンオフデザインで彩られている。中でも印象的なのは、ルイス・ハミルトンが日本GPで日本人アーティストの空山基とコラボしたクローム調ヘルメット(2023年)や、バルテリ・ボッタスが自身の頭部をモデルにしたプレシーズン仕様、アレックス・アルボンがペットや母国タイへの愛を表現したデザインなどだ。2025年シーズンも、芸術的で大胆なデザインから感動的なトリビュートまで、多くの限定モデルが登場している。その中でも特に話題になったのは、カルロス・サインツの“マスコット”であるユニコーン「スパークルズ」のデザインを手掛けた最年少デザイナー、少女テアによる作品だ。サインツはアゼルバイジャンGPでこのデザインのステッカーを着用し、見事3位表彰台を獲得。一度きりのつもりが、縁起の良い相棒として“スパークルズ”が定着することになった。そして中には、笑いや遊び心ではなく深い感情を宿すデザインもある。たとえば、ロマン・グロージャンがピレリのタイヤテストでハースのガレージに復帰した際に使用したヘルメットだ。これは2020年の最終戦で使う予定だったが、バーレーンでの壮絶なクラッシュにより叶わなかったものだった。子どもたちがデザインしたそのヘルメットをようやく身につけられたことで、彼にとっては非常に感慨深い瞬間となった。この出来事は、特別仕様ヘルメットが単なるマーケティングツールではなく、ドライバーにとって深い意味を持つ存在であることを改めて示した。 この投稿をInstagramで見る MoneyGram Haas F1 Team(@haasf1team)がシェアした投稿